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〈医療の未来〉誰かを幸せにできる仕事

少子高齢化が進む日本では、病院以外にも高齢者施設や在宅ケアなどさまざまな現場で医療の専門家が活躍しています。また治療しながら生活する患者さんや家族のため、いろいろな角度からチーム医療によるサポートも行われています。そんな中、小児がんのこどもたちが家族と一緒に治療に取り組める医療施設「チャイルド・ケモ・ハウス」を神戸に立ち上げ、新しい医療の形を提示する小児科医、楠木重範先生にお話を伺いました。

医療とは何か。「チャイルド・ケモ・ハウス」に込められた思い

チャイルド・ケモ・ハウス

小児がんのこどもの入院生活は短くて半年、長ければ1年以上にわたることもあります。その間、こどもたちは24時間をベッドの上で過ごし、お父さんやお母さんなど家族も狭い簡易ベッドで寝泊まりしなければならないのが現状です。病院には多くの患者さんがいてしかたのない状況はあるのですが、特にこどもの場合、患者さんを支えるには家族の力が不可欠。患者さんを家族ごと支える医療が必要なのです。医療とは何か、本当に必要な医療の形を考える中で、家族と一緒に日常を過ごしながら治療に取り組める、病院と家の中間のような施設が必要であるという強い思いから「チャイルド・ケモ・ハウス」は生まれました。

“がんになっても笑顔で育つ”ということ

チャイルド・ケモ・ハウス

チャイケモ(チャイルド・ケモ・ハウス)のスローガンは、“がんになっても笑顔で育つ”。小児がんの治療は家族で一緒にいることが大事だと頭ではわかっていましたが、チャイケモをスタートさせてその大切さを僕自身心から実感しています。中でもうれしかったのは、4歳で闘病していたこどものお父さんのお話。病院では面会時間に会いに行くのがやっとでこどもと楽しく過ごす時間もない中で、それもしかたない、と諦めていたそうです。それがチャイケモへ来て一変。ここから「行ってきます」と仕事に出かけ、「ただいま」と帰ってくる生活が実現できた。こどももお父さんに「行ってらっしゃい」を言うのが一番の楽しみで、朝、しんどそうだからと起こさずにおくとむちゃくちゃ怒る(笑)。残念ながらその子は亡くなってしまいましたが、お父さんは「“がんになっても笑顔で育つ”という意味、その大切さがわかりました」と僕に言ってくださいました。以前とは全然違うこどもの笑顔を目の前で見ていて、僕も親の影響の大きさを実感することができました。

もちろん、患者さんの状態や家族の事情はそれぞれ違うので、あくまでもチャイケモは治療の選択肢の一つにすぎません。たとえば週末だけここに家族が揃って兄弟が自由に遊ぶのもいい。在宅治療しながら通院でもいい。患者さんには大きな病院に専門の担当医が付いているので、相談しながらベストな形を選べばいい。ただ、選択肢は多ければ多いほどいいし、その一つになれればと思っています。

こどもを取り巻く地域全体でチーム医療の実現を

チャイルド・ケモ・ハウス

治療に取り組むこどもを支えるには、お父さんもお母さんも、兄弟も支えなければいけない。そのためには医師や看護師はもちろん、ソーシャルワーカーや臨床心理士など、多くの専門スタッフがチームになって取り組んでいく必要があります。また、日本ではまだ多くはありません が、チャイルド・ライフ・スペシャリストといった医療現場における心理・社会的支援の専門家の育成も進んでおり、完治後の社会生活を支える自立支援員と共に、こどもたちの心のケアにも理解が深まってきています。

この施設で働くスタッフはもちろん、担当医のいる大きな病院や地域福祉の専門家、学校の先生など、こどもを取り巻く医療は地域全体がチームのようなもの。今や小児がんは7〜8割が完治する時代です。にもかかわらず病気が治ったこどもが社会に戻ったとき、いじめに合うケースも珍しくありません。頑張って病気と闘ったこどもたちが社会で前向きに生きていけるよう、社会全体の偏見もなくしていく努力が必要です。

医療従事者に求められること

チャイルド・ケモ・ハウス

医師は患者さんの医療に対して責任を負う、覚悟が必要な仕事。それに対してコメディカル…いわゆる医療従事者に必要なのは、想像力。簡単に言えば相手の気持ちになって考えることです。たとえ自分が理解できない価値観を患者さんが持っていたとしても、積極的に知ろうとする努力がなければ信用は得られないし、コミュニケーションも成り立ちませんから。特に、医療の核となるのは看護。同じ治療を受けても、毎日ふれる看護師さんの言葉やケアが違えば患者さんの満足度も違ってきます。看護師の地位を上げると共に、その質も高めていく必要がありますね。コメディカルが多ければ、患者さんにとっては病気や生活のことを相談できる人の選択肢が増えるし、医師は治療のことに専念できる。医療現場のニーズは高いし、良い人材が育ってくれるとうれしいですね。

高校生のみなさんへ

チャイルド・ケモ・ハウス

高校時代も含めてこどものいいところは、今を生きているということ。毎日を精一杯楽しむ、その繰り返しです。それは若者の特権だと思うし、僕はそれでいいと思うんです。将来のために我慢ばかりしていたら、大人になっても我慢ばかりでつまらない社会人になってしまう。今を精一杯生きていればそれはちゃんと先につながるはず。楽しむといってもラクなほうへ逃げるのではなく、なんでもいいから一生懸命に完全燃焼できる人であってほしいなと思います。

PROFILE

楠木 重範(くすき しげのり)氏

1974年奈良県生まれ。三重大学医学部卒業。大阪大学医学部小児科、国立大阪病院小児科、大阪府立母子保健センター第3内科、大阪大学医学部附属病院小児科血液腫瘍グループを経て、2006年NPO法人「チャイルド・ケモ・ハウス」を設立。
自身も中学2年から2年間、小児がんで闘病生活を送った経験を持つ。

楠木 重範 氏