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「理学部の魅力って何?」東京大学 福田裕穂先生

  • 【学部リサーチ 2016】 理学部・工学部系統の総合的研究

「無から問いをつくる力」、それは
失敗の繰り返しから

《国立》東京大学 理学部 学部長
福田 裕穂(ふくだ ひろお)先生

東京大学理学部生物学科卒業。同大学理学系研究科植物学専門課程博士課程修了後、大阪大学助手、東北大学助教授、同大学教授を経て東京大学理学部教授。2015年に同大学理学系研究科長・理学部長に就任し現在に至る。日本植物学会長・日本植物生理学会長を歴任し、2012年には植物科学分野の研究・教育・発展への功績が認められ紫綬褒章を受章。

植物の生命を
“形づくり”から探る

 いま僕らが専門的に研究しているのは、植物の形がどんなふうにできていくのかということです。植物の細胞はヒトや動物とは違う価値観で生きていて、それがとても面白いところでもあるのですが、植物と動物の生き方の違いを“形づくり”というところに求めていきたいと思い、いまの研究をしています。植物と動物の生き方の違いを「寿命」の例でお話ししましょう。ヒトの寿命はどんなに長くても100年余りですが、植物の寿命はその種しゅによって大きく異なります。例えば、砂漠に生きる植物には雨季が来たときだけ芽が出て成長し、種子を残して死んでしまうものがあります。その生涯はわずか数ヶ月間。一方、屋久杉のように数千年間生きていると言われるものもあります。その寿命の違いをつくりだすものは、短い期間に世代交代を細かく繰り返してDNAを受け継いでいくか、あるいは1本の植物(1つの個体)として長い期間にわたってDNAを保持し続けるのか、という生存戦略のどちらがその植物の生きる環境に適しているかという選択です。このように、植物はその生活環境に応じて、細胞を作り続けたり止めたり、また、さまざまな組織や器官を作ったり止めたりをフレキシブルにできるしくみを持っているのです。ヒトや動物のように、赤ちゃんとして生まれてきた時点で細胞の形がかなりできあがっていて、分裂はしてもその回数が決まっているといったしくみとは大きく違います。

 種子から発芽したあと、植物の体の中で細胞が分裂する場所は茎頂(茎の先端)と根の先端、そして維管束の3か所に限られます。これらにある「メリステム」と呼ばれる細胞群こそが植物の“生き方の形”を司っていると考えられています。僕らはこの中でも特に維管束のメリステムに注目し、研究を進めています。

理学部と工学部の違い
―原理・原則と技術

 さて、そもそも僕がなぜこの分野に進んだのか、というお話をしたいと思います。僕が大学に入ったのは1970年代の初めで、世の中では水俣病をはじめとする公害が深刻な社会問題として取り沙汰されていた時代でもありました。僕もまた公害問題について研究したいと思ったわけですが、当初は工学部への進学を希望していました。しかし、次第に公害という物事の“原理・原則”をわかっていなければ、問題は解決しないのではないかと考えるようになりました。それが、理学部への進学を決めた理由です。そして理学部に入ったころ、公害問題とはすなわち生態(生物と環境との関係)の問題であると考え、生態学の分野に入ろうと思いました。ただ、生態学とは原理・原則を突き詰めるには不確定な要素があまりに多い分野であることがあとになってわかり、植物のしくみについて学ぶ生理学の分野に進み、現在に至っています。

 いま、工学部について少し触れましたが、受験生のみなさんの中にも、理学部に行くか工学部に行くかで悩んでいる人は多いのではないかと思いますから、ここで理学部と工学部の違いについてお話ししておきましょう。理学部と工学部、そのどちらも、「学問を社会の役に立てる」という考え方には変わりありません。ひとことで言うと、工学は学問を“技術”にまとめあげることでその目標にアプローチすることを基本とする学問、理学はまず物事の原理・原則やしくみを明らかにすることを主眼に置いた学問と表現できます。工学の中でも限りなく理学に近い分野はあるのですが、基本的には、その原理やしくみが完全に解明されていなくても、技術として完成されていることを成果とするのが工学です。一方、理学は物事の本質を突き詰めるという学問の性質上、非常に論理的な考え方が求められます。まずはそのあたりの違いから、どちらが自分に合っているか考えてみるといいかもしれませんね。

広い視野を養い
「問いをつくる力」を究める

 僕たちは理学部の学生たちには、人の言う通りに動く人間になってほしくはありません。自分で独立して物事を考えられ、困難にあたっても自分で考えて乗り越えられる、そういう人を育てたいと思っています。学部での学びや修士・博士課程などを通じて「自分で考える」力を養ってほしいのです。もう一つ大切なのは、「何もないところから問いをつくる」力です。複雑に入り組んだ現象を前にして「わからない」とあきらめずに、どこかに切り口を見つけ、自分なりの方法論でそこに“問い”を投げかけるということです。これはとても大事なことです。大学入試は誰かにつくってもらった問いに答えるだけですが、逆に自分で問いをつくるということはいちばん難しいことかもしれません。ある意味、その「問いをつくる」ということを学ぶのが理学部であるとも言えます。

 次に、その力を育てる方法ですが、東京大学では全学部生に対して、前期課程として「教養課程(教養学部)」を設置しています。ここは、広く物事を学ぶための場です。例えば専門課程で物理をやりたい学生であっても、ここでは物理だけにとらわれず、受験勉強の枠から離れ、文系科目なり、あるいは理系科目でも生物学なりと、幅広く学んでほしいと思います。なぜなら、現代の物理学はその領域がどんどん拡大していて、もはや古典的な物理学だけでは世界と太刀打ちできないからです。これからは研究者が自分で新しいフィールドをつくっていかなければなりません。そのためには、既存の枠組みの中で既存のものを学ぶだけでは意味はないのです。そこで、教養課程で身につけた広い視野が生きてくるというわけです。

 後期課程、つまり理学部の専門課程に入ると、まずは研究対象に「問いかける」訓練から始めて学部長インタビュー理学部の魅力って何いきます。どんなふうに問いをかければよいか、またその問いへの答えを得るためにどんな実験をすればよいか、といった論理的なプロセスを勉強するのです。そうした訓練を経て、自分で研究対象を設定し、問いをかけていくわけですが、最初のうちはなかなかうまくいきません。なぜかというと「聞き方が悪い」のです。例えば、植物の細胞におけるある現象を確かめるために試薬を投与するとします。しかしうまく反応が出ない。なぜなら、試薬を投与する場所やタイミングが間違っているからです。その場所やタイミングは本当に限られた、ピンポイントのような場合もあります。ですから最初はうまくい きませんが、経験を重ねるうちに「どこにいつ投与すればいいか=聞けばいいか」がわかるようになってきます。聞いては失敗し、の積み重ねが実は大事なのです。これは実験に限った話ではありませんが、僕は「若いころに失敗すること」は本当に大切だと思っています。失敗して、なぜ失敗したかをよく考えてまた試みる、この繰り返しによって「問いをつくる」力がついてくるのです。そのことは、社会に出て、例えば理学とは関係のない課題に当たったときにも必ず役に立ちます。

 当学の小柴昌俊名誉教授の指導により建設された「カミオカンデ」はご存じの方も多いでしょう。この施設は本来、陽子崩壊(原子核を構成する粒子のひとつである「陽子」が、非常に長い時間をかけて崩壊するとする理論上の現象)を実証するために建設されたものですが、超新星爆発により発生したニュートリノを世界で初めて観測するという偉業に偶発的につながりました。しかし、これはただの偶然ではありません。陽子崩壊を証明するための正しい理論的プロセス、そしてニュートリノを観測するための「正しい聞き方」、さらに観測のための正しい設備があったからこそ実現したことなのです。

好きなことは受験勉強と
ともに続けてほしい

 今年、東京大学では初めての推薦入試を実施し、理学部には11名が合格しました。この11名がどんな力を発揮するのか現時点ではまだわかりませんが、僕は非常に楽しみです。本学では通常、前期の教養課程を通じて後期への進学選択を行いますから、特に人気のある学科には前期課程で優秀な成績を修めていないと進めません。しかし、推薦入試生は単位さえきちんと取得できていれば受験時の志望学科に進むことができます。ですからその分、駒場の教養学部で好きなことを思い切り、そして自分の視野を広げるためにも幅広く学んでいってほしいと思います。そのうえで本郷キャンパスに入ってくれば、周囲の学生にもきっと良い影響が出ると思います。

 同じく、受験生のみなさんにもお伝えしたいことがあります。高校生という年頃は本来、色々な物事に興味を持つものですが、受験生になるとその気持ちを自ら抑えてしまうようです。ただ、僕としては受験だからといって何もかも我慢するのではなく、自分の好きなことの一つ二つくらいは受験勉強といっしょに続けたほうがいいと思います。受験勉強の内容は、大学で学ぶための最低限の知識をカバーしていますが、もちろんそれだけでは世の中は渡っていけません。自分が専門として学ぶ分野とは一見関係のないことでも、例えば釣りという趣味からは自然を見る目を養うことができますし、読書を通じては理学と違った視点からのアイデアを得られるかもしれません。そのことはきっとあとから活きてくるよと、みなさんにはお伝えしておきたいと思います。

この記事は「螢雪時代(2016年8月号)」より転載いたしました。

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