幅広い領域にわたり、赤ちゃんから高齢者まで万人の QOL(生活の質)の向上に貢献する学問
《私立》東海大学 体育学部 教授
久保田 晃生(くぼた あきお)先生
東京学芸大学教育学部教養課程N類生涯スポーツ専攻卒業後、九州保健福祉大学大学院社会福祉学研究科博士課程修了。2009年度から現職。専門は生涯スポーツ学。いつでも、どこで、誰でもスポーツにかかわる社会の実現につながる研究として、現在は近隣環境に注目。身体活動を増やすプログラムの開発も行っている。健康運動指導士、博士(社会福祉学)。
体育学・健康科学とはどんな学問ですか?
体育学というと、トップアスリートのような競技力の高い一部の人のためのものというイメージを持っていませんか? それも一部ではありますが、実は体育学は、健康を望む人、つまり老若男女を問わず、一般のどんな人にもあてはまる学問。「身体活動」、つまり身体を動かすことで体力づくりや健康管理、さらにコミュニケーション能力や人とのつながりを育むなど、人間教育を目的の一つとしています。そのうえで、「身体活動」の健康への影響や、身体活動を増やす正しい指導方法などを学ぶのが健康科学の分野です。ひと言で言うなら、体育学・健康科学とは、身体活動を軸として、万人の心身の健康について研究する学問です。
そのため、学問領域は多岐に及びます。体育学・健康科学が扱う「身体活動」は、陸上競技や水泳競技のようないわゆる「スポーツ」に留まらず、日常的な散歩やウォーキングなど、ごく軽い運動も含まれます。さらには、あらゆる強度の身体活動を「(自分で)する」「みる」「ささえる」といった、さまざまな視点・分野があるのです。
どんな教育・研究分野がありますか?
代表的な例を4つご紹介しましょう。
一つ目は、学校教育を中心とした分野。これは皆さんもこれまで経験してきた学校体育を主とするもので、本学部では体育学科を中心に、保健体育の教員免許取得者が多数います。卒業生は、学校体育の教員として活躍している人も多くいます。教員養成課程の体育専攻が、保健体育の教員になるための効率的なカリキュラムであるのに対し、身体活動に関して、より幅広い内容を学ぶ機会が充実しています。
二つ目は、トップアスリートを中心とした分野。主に競技経験者を対象とすることも多く、本学では競技スポーツ学科や武道学科がこれにあたります。卒業後はプロアスリートはもちろん、アスリートを「ささえる」側のトレーナーになる人もいます。
三つ目は生涯スポーツを中心とした分野。本学でいう生涯スポーツ学科です。私の専門分野でもあり、現在、注目しているのは、身体活動の高い人と低い人の近隣環境の違い。近隣環境とは、スポーツ施設や公園の有無のみならず、歩道の整備状況や高低差、サイクリングしやすい環境の有無などです。
ここでちょっと想像してみてください。たとえば、自宅周辺の歩道が、整備の行き届いた広い平らな道である場合と、アップダウンが激しく、デコボコで狭い道の場合。歩きやすいのが前者であることは明らかでしょう。こうした研究もいちジャンルと聞けば、体育学・健康科学の幅広さをご理解いただけるのではないでしょうか。卒業後は、スポーツクラブ・地域の体育館のトレーナーや、介護予防現場の運動指導員といった活躍の場があります。
四つ目は、スポーツビジネス・マネジメントを中心とした分野です。本学のスポーツ・レジャーマネジメント学科にあたり、卒業後はスポーツイベントの主催者として、「みる」機会を提供したり、スポーツの普及に学びを活かせます。
競技経験の有無で学べる内容は違いますか?
競技経験者なら、先の二つ目・トップアスリートを中心とした分野が適しています。また、一つ目の学校教育の中でも競技を指導することも多いため、競技経験が役立ちます。
一方、競技経験や優れた成績のない人も、「ささえる」立場でかかわることは十分考えられます。健康づくりのための運動指導現場では、必ずしも高い競技レベルを必要としないため、先の生涯スポーツやスポーツビジネス・マネジメントを中心とした分野でも十分な学びが得られます。
競技経験の有無によりこうした向き・不向きはあるものの、身体を動かすことが好きで、スポーツや運動に関わる仕事をしていきたいという人は、体育学・健康科学系統の学びで、将来の選択肢を広げることができるでしょう。また、人を対象とする学問分野なので、人が好き、人にやさしくできる、人を尊重できるという人も向いています。
体育学・健康学部系統のすべての入試で、実技試験があるわけではありません。授業でも、実技の科目以上に講義の科目も多く、レポートも課されます。大学によって異なるので、入試科目やカリキュラムについて調べてみるとよいでしょう。
難しさ・楽しさはどんなところですか?
難しさは、先述の通り学問領域が幅広いため、理系・文系を融合した柔軟な発想が必要な点です。また、人を対象とした学問であるため、単純な答えが存在しないことです。
一方の楽しさは、これらの裏返し。柔軟な発想から新しい考えを生み出すことや、学んだことが直接、人を健康に、幸せにすることに貢献できる楽しさがあります。
心身の健全を図るということは、言い換えれば QOL(生活の質)の向上や、よりよく生きることに貢献するということ。身体活動を通じて社会貢献することが、体育学・健康科学を学ぶ者の使命と言えます。
体育学・健康科学の今後は?
私が現在の専門分野である生涯スポーツ学に取り組んだきっかけは、日本の身体活動の習慣の少なさと、身体活動を増やす取り組みに関する研究の少なさを知ったことでした。身体活動の状態を示す日々の運動習慣が、欧米では7~8割の国もあるのに対して、日本は3~5割。ということは、「する」「みる」「ささえる」といったスポーツ・身体活動を、我々の日本社会にもさらに根付かせることも可能なのです。
これは、生活習慣病の広がりや人間関係の希薄化といった、現代社会が抱えるさまざまな問題の解決に必ず役立ちます。それだけに、体育学・健康科学は今後さらに発展し、その学びを実際の社会で活かす重要性も高まっていくと思っています。
加えて、人の身体や行動については未解明なことが数多くあります。しかし機械技術、情報技術の進歩によって、これまで想定できなかった身体の動きや、人の行動の状況などがより精密に、より正確に、より簡単に把握できるようになってきました。こうした技術を使って身体活動をとらえ、人びとの心身をより健全な状態に導くことも今後、期待されています。