獣医師の仕事はイメージより幅広い。
動物と人の健康を守っている

《私立》麻布大学 獣医学部 学部長
村上 賢(むらかみ まさる)先生
1984年、麻布大学獣医学部獣医学科を卒業。1986年、同獣医学研究科修士課程修了。化学系の一般企業勤務を経て、1994年から母校に勤務、2005年から獣医学部教授、2018年から現職。博士(理学)、獣医師。専門は分子生物学で、動物の多様性や普遍性、生命の仕組みの遺伝子レベルでの解明に取り組む。
獣医師を目指された理由と、専門の研究分野は何ですか?
高校の頃、「生き物に関わる仕事に就きたい」と考えていたところ、先輩が獣医師を勧めてくれたのがきっかけです。本学卒業後、化学系の一般企業に就職し、研究職として9年間勤めた後、出身研究室の恩師に声を掛けられ、母校で教育・研究の道に進み、現在に至っています。
私の専門は分子生物学で、動物の多様性や普遍性、生命の仕組みについて、遺伝子レベルでの解明に取り組んでいます。具体的には飼育動物から野生動物に至るまで、脊椎動物を対象に、細胞分化の分子機序、DNA鑑定による個体識別や性別鑑定、遺伝疾患の診断、生態調査などを行い、治療や環境保全などに役立てようとしています。
さらに、身近な淡水魚のギンブナは、実はほとんどの個体がメスで、自然界にありながら自らのクローンを作り出して繁殖する、珍しい生態を持っていますが、その仕組みをサケに応用し、「イクラを増産できないか?」といった研究も行っています。
獣医学部のカリキュラムと学びの特徴を教えてください
本学部は、獣医学科と動物応用科学科で構成されています。
獣医学科の特長は、大型の産業動物も小型の伴侶動物も、全てキャンパス内の施設で実習できるところです。
牛舎・廐舎・豚舎や小動物の飼育施設を備え、産業動物臨床センターで地域の畜産農家の牛・馬や、近隣の乗馬クラブの乗用馬などの診療を行い、犬・猫などの小型動物については附属動物病院である獣医臨床センターで、年間約1万2千頭もの診療を行い、教育にも利用しています。
獣医学科ではモデル・コアカリキュラム(全国の獣医師養成課程に共通のカリキュラム)に準拠しつつ、5つの系統から専門分野を多角的かつ幅広く学べるようカリキュラムを組んでいます。
導入として「獣医学概論」を学び、1年次から「獣医解剖学」など基礎獣医学の講義がスタート、2年次から本格的に実習も始まり、3年次から研究室に所属します。本学科には獣医系で最多の38もの研究室があり、教員との距離が近く、密度の濃い教育を行っています。
5年次前期の終了時に、全国の獣医学科共通の評価試験「獣医学共用試験」を受験します。コンピュータで知識を問う vetCBT、診療の技量や態度などを評価する vetOSCE の2種類の試験をクリアすると、5年次後期からスチューデント・ドクターとして診療に参加し、実践的な診療技術と知識を修得する「参加型臨床実習」が始まります。
本学科では、共用試験に備えた自学自習のため、採血や聴診、触診などを練習できる、子牛型や犬型のシミュレーターを活用しています。
参加型臨床実習が終わった後も、6年次前期に、専門としたい診療科における「アドバンス実習」に参加できます。
一方、動物応用科学科は「環境畜産学科」を前身とし、「動物と生命に関する実践的なジェネラリスト」の養成を目的としています。動物について多様な角度から幅広く学べるため、卒業後の進路も多様で、IT企業やホテル業界など、意外な分野にも進出しています。また、産婦人科で体外受精を担当する「胚培養士」になった卒業生もいます。
特徴ある授業としては、1年次の「動物応用科学実習」、2年次の「牧場実習」や3年次の「食品科学実習(ハムやウインナーなどの食肉加工)」「乗馬応用実習」などが挙げられます。「乗馬応用実習」では学内の馬場で、障害者のリハビリや療育などに役立てる動物介在活動を学びます。十分に調教した馬を利用し、未就学児童を対象にプログラムを立てて実際に乗馬を行い、その効果の数値化を試みています。
国家試験合格へ向け、どのような対策をしますか
獣医学科では6年次後期に、基礎から臨床実習に至るまで、主要科目を集中的に復習する「総合獣医学」を開講します。ここで補習も含め、卒業直前の獣医師国家試験へ向けて、総仕上げを行います。
また、ラーニングサポートシステムとして、国家試験の過去問を10年分ストックし、学内LANで共有することで、自学自習に役立てています。さらに、国家試験までの半年間は、自主的なグループ学習を行う6年生に、教室や研究室を優先的に開放しています。
こうした支援もあって、2017年・18年と、国家試験の合格者が全国の獣医学科で最多となりました。
獣医師は「動物のお医者さん」というイメージ以上に、活躍の場は多岐にわたっています。産業動物を専門とすれば、感染症の予防など、人間の「食の安全」を守ることにつながります。公務員として食肉検査や家畜の防疫、検疫などに従事する人もいれば、製薬会社で動物だけでなく人間の薬の開発に従事する人もいます。こうした将来の可能性は、入学後によく見えてきます。
近年、重視している取り組みは何でしょうか
本学部では倫理的な観点から、動物実験においても、なるべく生きた動物の使用を減らし、豚・牛・馬のシミュレーターや3D プリンターによる頭蓋模型の使用を増やしています。
動物応用科学科では、今年度から「実践的ジェネラリスト育成研究プログラム」を導入しました。参加者の成績基準はありますが、希望する研究プロジェクトに、担当教員と面談の上、1年次後期から体験入室、2年次から本格的に参加できるプログラムで、新入生のモチベーションを高める試みです。
診療以外でも地域貢献に力を入れています。例えばキャンパス内の「いのちの博物館」では、本学部で作製した動物園の動物や野生動物の骨標本などを展示し、一般公開しています。そこでは、本学部生を中心としたサークル「ミュゼット」が、展示案内や解説活動を積極的に行っています。
獣医師にはどのような資質が必要でしょうか
獣医師は、動物も人間も好きであることと、どちらも思いやる心が大切です。同時に、食用とすること、感染症の拡大を防ぐなどの理由で「命を扱い、命をいただく」ことに対する倫理感と「心の強さ」も求められます。
獣医学を学ぶには、特に生物・化学の知識が不可欠なので、十分に学んできてほしいですね。また、自ら課題を発見する意識も強く持ってください。