現実を多面的・俯瞰的に見て
社会問題への判断を下す力を

《国立》一橋大学 社会学部 学部長
稲葉 哲郎(いなば てつろう)先生
1987年東京大学文学部卒業後、同大学大学院博士課程単位取得退学。立命館大学産業社会学部助教授、一橋大学社会学研究科教授を経て2018年より現職。社会心理学を専門とし、政治コミュニケーションに関する研究に取り組む。著書に『マス・コミュニケーション効果研究の展開』(共著、北樹出版)などがある。
稲葉先生のご専門についてお聞かせください
私の専門は「社会心理学」です。社会心理学というのは、社会の中での人の行動についての「一般的な法則」を研究し、社会と心との関係を解き明かす学問ということが言えると思います。
高校生時代から漠然と心理学分野に興味はありましたが、この分野に入るきっかけになったのは、大学で専門を決める際の担当の先生がメディアに詳しい方だったので、その影響も強かったと思います。私自身が「メディア」というものがもつ力についてそれまであまり意識していなかったからこそ、関心が増したのかもしれません。
特に印象深かったのは、アメリカの選挙キャンペーンについて学んだときのことです。そのメディアを駆使した“壮大なコミュニケーションの実験の場”とでも言うべきキャンペーンのダイナミックさに惹かれました。当時、日本ではメディアを駆使した選挙戦はそれほど活発ではなかったので、今後日本の選挙がどんなふうに変わっていくのかにも興味をもつようになりました。
現在の主な研究テーマは、人々とメディアとの関わりです。もう少し具体的に言うと、メディアが世論に与える影響、あるいは人々がメディアからどんなことを学んだり影響されたりしているのか、といったことですね。このテーマの中でも最近ではインターネットメディアのことが特によく話題に上りますが、インターネットメディアの特徴的なところは、ユーザ自身が好きな対象により積極的に接するようになること。好きなものばかりに接することで偏った知識をもちがちになりますし、意見も偏った方向に行きがちです。そのことが、いわゆる「社会の分断」を引き起こす一つの原因になっているのではないかと見ています。かつて、社会の人々がみな同じようにテレビを観ていた時代とは異なり、現代は一人ひとりが見ている世界がまったく違うようになってきています。研究もより難しくなっていると感じます。
私のゼミでもこうした、メディアが人の意識や行動に与える影響というテーマで3、4年生の学生とともに研究を行っています。ゼミではグループワークを重視しています。また、いまの社会心理学ではデータの収集と統計的分析が重要になっていますので、そこにも力を入れています。データ分析では、ソフトの使い方だけを覚えるのではなく、背景となる考え方も理解してもらうようにしています。やはり自分でさまざまなデータを実際に分析してみるという作業は、その後の研究において大きな力になってくると思います。
社会学部で学べるのはどんなことでしょうか
まず始めに、一橋大学の社会学部は、他の大学の社会学部とはかなり違ったところがあるので、そこは受験生のみなさんには知っておいていただきたいと思います。
本学社会学部では、もちろんいわゆる「社会学」を学ぶのはもちろんですが、それ以外にも哲学、歴史学、教育学、政治学、人類学、そして私の所属している社会心理学など、幅広い分野をカバーしている点が、他の大学とは大きく異なります。具体的には「社会動態」「社会文化」「人間行動」「人間・社会形成」「総合政策」「歴史社会」という6つの分野から学部の組織が編成されています。私が専門としている社会心理学は「人間行動」にあたります。
一般的に「社会学」は Sociologyと英訳されますが、本学社会学部の名称は Faculty of Social Sciences となります。つまり、社会諸科学の幅広い総合を目指す学部であり、社会科学から人文学まで幅広い学問をカバーする学部と言えます。
■一橋大学社会学部の学問領域
分野名 | 主な研究内容 |
社会動態研究 | 社会学・社会調査、国際社会学 |
社会文化研究 | 哲学・社会思想、文芸・言語・民族文化 |
人間行動研究 | 社会心理学、社会人類学、社会地理学 |
人間・社会形成研究 | 教育社会学、スポーツ社会学、政治学 |
総合政策研究 | 社会政策・社会福祉、雇用・労働、コミュニティ・社会組織 |
歴史社会研究 | 日本史、アジア史、ヨーロッパ史、アメリカ史 |
育てたい人材像と教育の特長を教えてください
本学社会学部の学生には、現実を多面的に見て、社会のさまざまな問題に対しその全体像を俯瞰したうえで自ら判断を下せる力を身につけてもらいたいと思っています。
そうした力を育てるために、1年生では、まず社会学部で学修する姿勢を作ります。学生は、「導入ゼミナール」で大学での学びの基礎を少人数で演習し、「社会科学概論」で社会科学や人文学のさまざまな考えに触れるとともに、自主的な学修のスタイル、とりわけ批判力を身につけていきます。なお、社会学部は、多言語運用と多文化理解を重視しており、初修外国語の履修が必須です。
一橋大学での学修を特徴づけているのは、なんといってもゼミナールです。必修の後期ゼミナール(3・4年生)では、指導教員のもと、少人数のクラスで、それぞれの専門的なあるいは領域横断的なテーマを深めていきます。知識と思考・発想力とコミュニケーション能力を実践的に獲得し鍛錬しあっていきます。例えば、私のゼミでは、本を読んでくる際のメモを互いに公開することによって、視点の多様さを得るとともに、議論を活発にするきっかけとしています。共同研究、データの収集や分析もゼミの醍醐味です。卒業論文も必修です。
また、先ほどもお話ししたように、本学社会学部はいわゆる人文学から社会科学まで幅広い分野の学問に取り組むことができます。地域研究、総合政策、グローバリゼーション、ジェンダー、平和と和解など、領域横断的なアプローチへの取り組みも盛んに行われています。
さらに、2017年からは「グローバル・リーダーズ・プログラム(GLP)」を開始しました。このプログラムは現代社会が直面している課題に対してグローバルな市民社会のリーダーを育成することを目的とし、英語その他の外国語運用能力を鍛えるとともに、地球規模の課題の解決に挑むための教養・思考力・構想力・実行力を養う内容となっています。
社会に対して関心をもち、社会への理解を深めたいという受験生のみなさんに、ぜひ学びに来ていただきたいと思います。