科学的根拠と豊富な実験に基づき、「食と健康」の関係を追究する

《私立》東洋大学 食環境科学部 学部長
林 清(はやし きよし)先生
愛知県出身。1974年、名古屋大学農学部卒業。国家公務員として農林水産省入省、食品総合研究所で長年研究に携わり、2010年に所長就任。2013年の東洋大学食環境科学部の創設に際し、同学部長に就任し、現在に至る。農学博士。日本応用糖質科学会の会長も務める。「食と健康」の関連の解明を研究テーマとする。
先生はどのような研究をされていますか?
私は農林水産省の研究所で、微生物の酵素の遺伝子を研究してきました。いま、食品加工用の産業用甘味料は、デンプンを酵素によって分解し、砂糖よりも安価に作れる「ブドウ糖果糖液糖」が多く使われ、特にオリゴ糖の分野では、日本が世界の研究をリードしています。例えば、腸内細菌を増やして整腸作用を高めるフラクトオリゴ糖は、耳にしたことがあるでしょう。
現在は、食品の「抗酸化能」の測定、タンパク質の分解物の苦味を抑える方法などを研究しています。
食品には、栄養の補給、嗜好の充足といった機能とともに、健康の維持や向上に関わる「生体調節機能」があります。中でも「抗酸化成分」には、さまざまな疾病の原因となる、体内の過剰な活性酸素の害を抑える効能があります。特に野菜や果物などの植物性食品に、色や香りなどの成分として、多くの種類の抗酸化成分が含まれており、その測定を中心に研究しています。
また、プロテインなどのサプリメントとして吸収しやすいよう、タンパク質を酵素で細かく分解すると苦味が生じます。コーヒーなどの風味をつけて緩和しなくてすむよう、苦味の生成を抑える分解法の確立を目指しています。
入学直後から実験重視のカリキュラムだそうですが…
いまの高校教育では、実験の時間が確保しにくく、本学部の入学者も経験値が不足しています。でも、例えば食品メーカーに就職したら、糖の含有量を測る際、「1万倍に薄める」といった作業が日常茶飯事であり、それを正確に実行するのは、実験機器の扱いに慣れていなければ難しいことなのです。
本学部では実験施設が充実しているので、入学早々から、基礎実験を十分に体験できるカリキュラムを組み、モチベーションを高めています。例えば、5~6人でグループを作り、1台400万円もする「液体クロマトグラフィー」の装置を実際に使って実験します。実験の代わりに30分程度の動画を見せ、知識のみ学ぶ大学もありますが、自分たちで手を動かして得た知見が、就職後に本質的な差として表れるのです。
また、入学直後に30人1グループで、さまざまな食品メーカーの工場を見学し、どのように食品を大量生産しているか、物流の過程を体験し、早くから職業意識の醸成を目指しています。
学科・専攻それぞれの学びや研究の特徴は?
健康栄養学科は、基本的に管理栄養士の資格取得を目指す学科です。希望者全員が国家試験を受験しますが、合否結果は入試の成績よりも、入学後の授業態度と高い相関があるので、入学時の学力差はいくらでも挽回できます。この他、フードスペシャリストの受験資格や、栄養士・栄養教諭・食品衛生管理者等の資格が得られます。
国家試験対策としては、通常の講義に加え、e-ラーニングシステムにも力を入れ、1年次から4年次まで毎日、問題を1~4題配信するなど、学習の習慣化に取り組んでいます。また、4年次では、就職活動が落ち着いた5月以降、毎月1回、学内または外部の模擬試験を受け(大学が受験料を負担します)、合格圏までの自分の立ち位置を把握できるようにし、モチベーションを高めています。
食環境科学科は、フードサイエンス専攻とスポーツ・食品機能専攻に分かれます。前者が食品全般を学び、対象とする年齢層も幅広いのに対し、後者は主にスポーツ選手など若年層の食と健康を対象とします。
ただし、両専攻が共通して受講できる科目が多いのも特徴です。例えば、「フードコーディネート論」では、食のさまざまな役割(カロリーの食、ご褒美の食、行事・季節の食、会話を助ける食、など)を理解し、それぞれのバランスを考え、新たな食に関する提案を行う「フードコーディネーター」を目指せる素養を身につけます。また、「美味しさの科学」では、人間の感じる「おいしさ」が、盛り付けや色合い、香りや雰囲気など、味覚以外の要素も含めて総合的に構成されることを学びます。
フードサイエンス専攻では、4年次は「卒業研究」が必須ですが、実験が中心になるので、「食環境科学輪講」というゼミナールも並行して行い、卒業研究を理論的に補強します。データベースから自分の研究に関わる文献を探し、それを研究室の全員で読んだ上で、各自の見解や意見などを発表し、議論するスタイルをとっています。
就職先は食品産業が中心で、特にフードサイエンス専攻のように食品加工をきちんと学べるところは全国でも意外に少なく、高評価を得ています。
最近の注目すべき取り組みは何でしょうか?
本学では、研究成果がオリンピック・パラリンピックへの貢献につながることが期待される学内のプロジェクトに対し、研究費を支援する「オリンピック・パラリンピック特別プロジェクト研究助成制度」を2017年から設け、本学部の取り組みも選ばれています。
女子のアスリートが直面する課題として、記録や結果を追求するあまり、成長期にきちんと食べずに体重を減らした結果、貧血や無月経(月経が3ヶ月以上来ないこと)、疲労骨折や骨粗しょう症になる危険があります。成長期以降に体力が伴わず、選手寿命、さらには引退後の健康寿命までも縮めるリスクが高まるので、長期的な視点に立った栄養指導が必要です。
本学部では、同じキャンパスに合宿所と練習場を持つ陸上競技部女子長距離部門と女子サッカー部と連携し、選手たちのデータベースを作り、科学的エビデンスに基づく指導方法を提案できる「クラウドキュレーティングシステム」の構築を目指してきました。4年間、同じ選手たちをトレースできるところが、他にない強みだと思います。
どのような受験生に入学してほしいですか?
食について好奇心旺盛な「オタクっぽい学生」に入学してほしいですね。
本学部では、入試方式によっては文系科目で受験でき、入学後に化学・生物を基礎から学び直せるよう、学習支援室に高校教員出身者を常駐させるなど、手厚い支援体制を整えていますので、食に関心のある文系受験生は、安心して本学部を目指してください。