家庭や衣食住など個人の生活をベースにして始まった学問は、社会や環境とのかかわりを広げることでその役割を変え、対象領域も大きく広がっている。
衣・食・住を科学する学問の発展
「家政学」という言葉は、古代ギリシャのOikonomika(Oikos:家+nomos:規範)に由来している。economics(経済学)の語源にもなったとされる歴史ある学問分野だ。
家政学は当初、家庭生活に“経済的意識”を持ち込むことで生活水準の向上を図ることが目的だった。当初、英語でhome economicsという名称が当てられたのもそのためだ。
その後、女性の権利の伸長や経済の発展などにより、家政学は人間の健全な成長・能力養成などにより“生活の質の向上”をはかる学問として認知されるようになった。1994年にはアメリカ家政学会が学問の名称をFamily and Consumer Sciences(家族・消費者科学、生活科学)と変更し、現在ではその呼称が一般的となっている。
一方、欧米に比べて女性の社会的地位が低かった日本では、戦前までは裁縫や料理が「家事裁縫」として旧制の高等女学校(戦前の女子中等教育機関)などで教えられており、家政学が学問として浸透するのは第二次大戦後からである。
1948年、初めて女子大学として認可された日本女子大は日本初の家政学部を設置した。その後、高度成長が続く中、社会の都市化・情報化・国際化が加速度的に進み、家庭機能は低下し環境問題も頻発した。こうした状況の中で家政学も、食物や衣服をつくることから生活者の視点で持続可能な環境調和型社会を築くための総合科学へと大きく転換することになる。
学部としての生活科学部は、1975年に大阪市立大に設置されたのが最初だ。現在では、生活科学部を置く大学が6校、生活環境学部や人間生活学部など「生活」を含む学部名は10大学となっている。
学科・専攻の内容と特色
家政学科・生活科学科
生活環境学科 人間生活学科 生活文化学科 等
家政学部や生活科学部は、食物栄養、被服、住居、児童(子ども)などの学問分野で構成され、それらを学科・専攻として設置しているのが一般的だ。しかし、中にはそれらを細分化せず、人間の生活全体に関わるものとして総合的に学ぶ学科もある。それが家政学科や生活科学科、あるいは生活環境学科といった学科だ。
これらの学科で学ぶことのできる学問は、上でも説明したように、当初は「家政学」として家庭内の課題を解決することに重点が置かれていたが、社会の変化によってその位置づけと役割は大きく様変わりしている。その視点は家庭から社会や自然へと広がり、それに伴い学科での履修科目も栄養学や化学、力学などの自然科学のほか政治、経済、環境、福祉、心理、文学などきわめて幅広く学際的な様相を見せている。
一方、似た学科名であっても、その中で学ぶ応用科目に各大学の個性が色濃く反映され、大きく異なる方向性をもつのもこの分野の特徴だ。志望校選びにあたっては大学のパンフレットやホームページなどを通じて、その学部・学科で学べる内容や取得できる資格をよく把握しておくようにしよう。
栄養学科
管理栄養学科 健康栄養科学科 食物栄養学科 等
学校や企業、病院、福祉施設などの給食現場で働く管理栄養士と、学校現場で児童・生徒の栄養指導・管理を行う栄養教諭などの養成を行う学科。看護・医療系学部に設置されていることも少なくない。
管理栄養士養成課程のカリキュラムは、国家試験出題基準、日本栄養改善学会によるモデルコア・カリキュラムなどに準拠したものが各大学で実施されているので、その内容を紹介する。
1・2年次で学ぶのは教養科目と専門基礎分野。専門基礎は、「社会・環境(人間と生活)と健康」「人体の構造と機能、疾病の成り立ち」「食べ物と健康」という3領域からなり、これらのうち「食べ物と健康」では食品の成分、栄養的価値、安全性について、「人体の構造と機能、疾病の成り立ち」では、栄養に関係の深い疾患の成因、病態、診断、治療法などについて理解を深める。
3・4年次では専門分野を学ぶ。3年次では、「基礎栄養学」「応用栄養学」「臨床栄養学」「公衆栄養学」「栄養教育論」「給食経営管理論」などの科目で栄養専門家としての実践的なマネジメント能力を身につけ、4年次では卒業研究と保健所、病院、学校(栄養教諭)などでの臨地実習が行われる。
食物学科
食品科学科 食環境科学科 食文化学科 等
人間の身体、食品、生活文化の3分野を総合的に学ぶことで食品についての幅広い知識を得ることを目的とした学科。栄養学科と同じく管理栄養士養成課程を設置している大学も多いが、医学・環境分野以外にも食品の調理・加工、食文化、フードビジネスなど食に関する事象を幅広く学ぶことができるのがこの学科系統の特徴である。
専門の基礎として、栄養学、生化学、生理学、病理学などを学び、食べた食物が消化・吸収されることで栄養素が筋肉、臓器、血液、骨格などを形成し、さらに体温保持や身体運動のエネルギーとなることを理解する。また、臨床栄養学、公衆衛生学、食品衛生学、基礎医学などの医学系科目では、食生活で病気を予防したり治したりするための理論を修得する。
食品学、食品化学、食品分析学、食品加工貯蔵学などの科目では、食品の科学的・物理的特性、食品の改良や加工、新しい食品の開発、食品保存に役立つ知識などについて学ぶ。また、フードサービス、食文化学、食糧経済学などの科目も置かれ、これらでは、人間の文化的・社会的側面と食物との関わりについて学ぶ。料理を実際に作る調理実習も行われる。
被服学科
服飾学科 服飾造形学科 服飾美術学科 等
「衣・食・住」のうち、「衣」に関わる分野を教育・研究する学科。わが国の多くの家政系大学・学部が裁縫の技術修得が出発点だったことからもわかるように、家政学分野でもっとも古い歴史をもつ学問分野だ。
被服の材料はかつて絹や木綿、麻などの自然繊維、その後発達した人工繊維などに限られていたが、現在では、生分解性繊維、スーパー繊維、複合繊維、ナノファイバーなどが次々と開発され、材料としての繊維のイメージは大きく変わっている。また、エレクトロニクス技術やCG技術、情報通信技術の発達で、被服の製造技術や情報収集の仕方も大きく様変わりしている。これらについて専門的な学びを行うのが被服学科だ。
被服学科では、基礎的な専門科目として、被服の歴史、素材、加工、染色、管理、制作、着装、流通などについて学んだ後、自然、人文・社会科学系からなる専門分野について学ぶ。
自然科学系では、高分子化学、被服材料性能学、被服人間工学、被服機構学、被服機能学、被服衛生学、界面化学、衣環境学、被服設計学、色彩学などを、人文・社会科学系では、被服文化史、服飾デザイン、被服心理学、服飾美学、流行論、ファッション企画論などを学んでいく。
住居学科
住環境学科 住環境デザイン学科 建築デザイン学科 等
住居学は、家庭生活を支える住居を、どう住み心地のよいものにするか、どう使いやすくするかなどを研究する学問。アパートや団地などの集合住宅の増加・発達に伴って建築学と結びつき、建築士やインテリアデザイナーなどを養成する実践的な学問となっている。単に使いやすいだけの住宅を造るのではなく、必要な機能を備えた住宅を、必要な人に、必要な場所に、適切な価格で供給し、それらにより良好な住環境を形成することが、住居学科の目標となっている。
この学科では、住居はもちろん道具やインテリアなどの設計製図を1年次から4年次まで継続して学ぶ。現在、設計製図はCAD(建築製図用ソフト)使用が一般化しており、これをマスターすることも必須だ。
住居学科の専門科目は、設計製図という実習科目のほか、構造力学、構造計画、材料施工などの工法・構造系科目、住環境工学、建築設備論、住居衛生学などの環境工学系科目、住居史、デザイン史などの歴史・デザイン系科目、住生活論、住居管理論、住居計画などの住生活・住居計画系科目からなっている。
児童学科
こども学科 こども発達学科 児童保育学科 等
児童学は、子どもの心と身体の発達を総合的にとらえ、保育や教育をより良いものにしていくにはどうすればいいかを研究する学問。
現在、児童学の領域は、保育士や幼稚園教諭を養成する「保育・幼児教育」の分野だけでなく、「児童心理」、「児童福祉」、「児童文化」などに広がっており、これらについて実習を含めて幅広く実践的に学ぶのがこの学科の特色。
これらの学問領域のうち「保育・幼児教育」では、保育士、幼稚園教諭養成のために実習を多用した実践教育を実施、子どもの世界に日々起こるさまざまな問題に対処できる問題解決能力を身につける。
「児童心理」では、心理学の基礎理論と心理学的な実験・調査方法を学び、子どもの発達段階に応じた心の変化や、日常のいろいろな場面における心理と行動などについて理解を深める。また、「児童福祉」の領域では、社会福祉の基本を学んだ上で、さまざまな問題を抱える児童福祉の現状を、理念・歴史・行政、養護、教育などの面から多面的に学んでいく。
取得可能な主な資格
●管理栄養士
病院やリハビリ施設、社会福祉施設などで患者のための栄養指導を行ったり、学校給食や企業などの食事提供施設で公衆衛生面からの管理や栄養指導を行ったりするのが仕事。
最近ではとくに病院などで、患者の病気回復、病気予防のための献立づくり、栄養指導などを行う栄養サポートチームが組織され、管理栄養士はその中心的役割を果たすようになっている。
●フードスペシャリスト
安全・安心な食を消費者に提案する食の専門職。食物学科や食品科学科など、食品系学科で取得できる。栄養や衛生に関する基礎知識を身につけたうえで、調理学や食物学、食品の流通やマーケティングなど広範な知識が必要。2016年5月現在、全国で72の大学が養成機関として認定されている。
●建築士
住居の建築・設計を行う専門家。建築士資格には、木造、一級、二級の3つの区分がある。木造建築士は、高さ9メートル、二級建築士は、高さ13メートル以下などの建築上の制限があるが、一級建築士は、こうした制限なく建築物を作ることができる。建設業などで働くほか、建築事務所、設計事務所などで活躍している。
●インテリアプランナー
一般住宅やオフィス、商業施設などで用途やクライアントの嗜好に応じたインテリアのデザイン(空間設計)を行う専門家。インテリア(内装)の企画、設計、工事監理までを総合的にプロデュースするのが仕事。インテリアデザイン事務所のほか、建築設計事務所、ゼネコンなど、活躍する場は多い。
●衣料管理士(テキスタイルアドバイザー)
テキスタイルアドバイザー(TA)は、織物や布地(テキスタイル)に関する専門知識を生かして、アパレル製品の企画・設計・販売・品質保証をするほか、消費者が安心して買えるよう商品の説明などを行ったりする。また、機能性や手入れのしやすさ、着心地などに関する消費者側のニーズを製品に反映させるのもTAの大きな役目だ。2017年5月現在、1級・2級と合わせて33校が養成大学に認定されている。
●保育士
保育所などで乳幼児の保育をするほか、保護者に対して保育に関する指導を行うのが仕事。保育所が主な働き場所だが、児童養護施設や知的障害児施設、肢体不自由児施設、乳児院などで働くケースもある。
都市部を中心とする待機児童の問題や、保育所がないために働けない母親が数多くいることなどから、保育所の増設は緊急課題となっている。
●幼稚園教諭
公立・私立の幼稚園で幼児(3歳から小学校就学前まで)の教育を行うのが仕事。園児の健康チェック、音楽、絵画、遊戯の指導などが主な仕事内容で、保育時間は通常午前中のみ4時間だが、保護者の仕事に合わせて預かり保育を実施している幼稚園も多い。また、近年では保育園と幼稚園の機能を併せ持った「認定こども園」が増えており、そこで働くには保育士と幼稚園教諭の両方の資格を持っていることが望ましいとされている。
≪家政・生活科学・栄養学部系統≫ Trend & Topic
管理栄養士の合格率、0.4ポイントダウン
2019年3月に実施された第33回管理栄養士国家試験の結果が4月に発表された。受験者総数17,864名のうち合格者数は10,796名。合格率は60.4%で、前年から0.4ポイント下がった。
管理栄養士の国家試験受験資格は、4年制大学で管理栄養士養成施設に認定されている大学であれば卒業と同時に取得できるが、短大などの栄養士養成施設(2年制)の場合は、卒業後3年以上の実務経験が必要だ。
第33回国家試験での受験者数は、4年制大学卒業者(新卒)が9,574名で短大卒業生が6,782名。4年制の方がやや多い印象だが、合格率は4年制大学新卒の95.5%に対して短大卒が20.4%と大きな差がある。
短大を卒業して栄養士資格を取得したあと、実務経験を経て管理栄養士試験に挑戦するのは、資格取得から時間が経っていることなどもあって難関と言わざるをえないのが実情だが、4年制大学の場合は大学の課程をきちんと修めておけばほぼ合格できると言っていい。
4年制大学卒業生の合格率が高いのは、定員が少なくきめ細かな学修指導が行われていることも背景にある。4年制大学の管理栄養士課程の定員は、国公立大では1大学あたり40人程度、私立大でも100人を超える大学は少ない。こうした少人数の環境の中で、管理栄養学科の学生は日々、実験・実習に追われることとなる。これについていける強い修学意識が求められるのだ。
なお、4年制の管理栄養士養成課程(新卒)で合格者を150人以上出しているのは、女子栄養大(232人、合格率100.0%)、中村学園大(217人、同96.9%)、武庫川女子大(207人、同98.6%)、名古屋学芸大(175人、同99.4%)、東京家政大(172人、同98.9%)、名古屋女子大(150人、同100.0%)の6大学。