ことばや文化、歴史などを通じて「人間とは何か」を探求する人文科学系分野。社会の動きに応じてその姿を変えつつある学科も少なくない。
人文科学とは何か
理学や工学、農・獣医畜産・水産学など、自然に関する物事を対象とする学問を「自然科学」と呼ぶのに対し、人間の行動やその行動によって生まれた物事を研究対象とし、人間の本質を探る学問を「人文科学」または「人文学」と呼ぶ。今号で紹介する文・人文・外国語学部系統の学部・学科で学ぶ学問は、すべてこの人文科学に分類されるものである。
法学・経済学・社会学など、同じく人間が営む社会の諸問題の解決策として機能する「社会科学」とは、理学と工学の関係に似ている部分もあるが、近年では人文科学と社会科学との境界は重なりつつある。また、この項では便宜上、各学科・専攻を「文学部系統」「人文学系統」に分類して解説するが、これら両者の境界も重なり合う部分が大きい。
文学部系統の学科
日本文学科
国文学科 日本文化学科 等
日本語の言葉と文学を研究対象とする学問。その歴史は長く、特に古典文学の注釈・考証などはすでに千年もの伝統がある。研究対象とする文学の時代区分としては上代(奈良時代)、中古(平安時代)、中世(鎌倉~安土桃山時代)、近世(江戸時代)、近代(明治以降)となる。特に近世以前の古典を学ぶには他の外国文学と同様、日本語の文法やくずし字などの基礎知識をつけることがスタートとなる。
また、近年では日本文学と外国文学との比較やマンガ、アニメ、ライトノベルといった新しいメディアへの研究範囲拡大に加え、絵画、映像、音楽などとのかかわりを考えるなどの研究も活発化している。
英米文学科
英米文学科 英米文化学科 英語英文学科 等
イギリス・アメリカの文学とそれらの作品・作家について研究する学科。日本では英国留学した夏目漱石やラフカディオ・ハーン(小泉八雲)、坪内逍遥などが紹介して以来の歴史を持つ学問である。研究対象としているのは古英語が成立した8世紀以降で、『ロード・オブ・ザ・リング』『ナルニア国物語』などのファンタジーに大きな影響を与えた叙事詩『ベオウルフ』『アーサー王物語』、また『ロミオとジュリエット』『ハムレット』で知られるシェイクスピアなど、現代の文学、映画、演劇にも強い影響を与えている作品・作家も多い。最近では、作品の背景にある文化・政治・自然などを視座に置いた研究も盛んである。
また、グローバル言語の代名詞とも言える英語を軸にした学問であることから、近年では英語コミュニケーション能力の養成に力を入れた学科・カリキュラム構成も多い。
フランス文学科
フランス語フランス文学科 フランス語圏文化学科 等
近代日本文学にも影響が少なくないフランス文学・文化を研究する学問。研究対象はフランス本国の作家・作品に限らず、フランス語で書かれた作品であればアフリカやカリブ海諸国もその範囲となる。また、「文化の複合性」を強く意識するフランス文化の特徴もあり、文学にとどまらず芸術、思想など幅広い学問と関わりを持つことも多い。
中国文学科
中国語中国文学科 中国語中国文化学科 等
日本人が漢字と仏教を中国から導入して以来、あらゆる時代において言語・文化の様々な面で日本に強い影響を与えてきた中国の文学と文化を学ぶ。中国文学とひとことで言ってもその歴史は約3500年前に書かれた甲骨文字から始まり、『阿Q正伝』の魯迅ら現代文学までと長大。中国の民族だけでなく、周辺のアジア諸国の歴史をもたどるような広大な学問範囲となる。
文献を用いた研究はもちろん、現地に入って言語や資料の調査を行うことも少なくないため、文法をはじめとする中国語の語学力習得が重視される分野でもある。
その他の文学科
ドイツ文学科 スペイン語スペイン文学科 ロシア語ロシア文学コース 等
先に挙げた各国文学以外にも、アジア、ヨーロッパ、南米など各国の文学に特化した学科や専攻が存在する。いずれも各国語を習得することが学問の基礎力となるが、研究の領域として文学だけでなくその国や地域の幅広い文化や歴史を取り上げられることが大きな魅力と言える。
歴史学科
歴史社会学科 文化歴史学科 等
人類の過去における行動のすべてを対象とする学問。高校の授業では日本や中国などの歴史を、その始まりから現代まで、事実関係に重きをおいて年代順にたどっていく通史という授業が主流だが、大学の歴史学では「史料」の分析を通じて過去の人間の行動や出来事を検証することが中心となる。過去の人間が作ったものである史料には独断と偏見による欠落が生じていることを前提とし、合理的・客観的分析によってより真実に近い歴史像を明らかにする作業である。
現代、世界各地で発生している紛争その他諸問題にも、歴史に対する理解・認識に起因するものが多い。国際化の時代であればこそ学ぶ意義の大きい学問と言える。
文化財学科
文化遺産学科 歴史遺産学科 等
歴史学科から派生した学科で、絵画・工芸品などの美術品、遺跡や遺跡からの出土品、受け継がれてきた生活品・民具などの文化遺産の研究をする学科。こうした文化財の保存・修復にあたる人材の養成を行う学科も誕生している。1979年に日本初の文化財学科として開設された奈良大-文の文化財学科は、考古学、美術史、保存科学、史科学の4コースと、文化財防災・レスキュー、文化財マネジメント、世界遺産学、博物館学の計8専攻。1年次に「文化財学研究法」を学び、4年間を通して選択科目(保存科学概論、世界遺産文化財学特殊講義など)や全学自由科目(奈良文化論など)を履修して4年次に卒業論文をまとめる。
地理学科
高校で学ぶ「地理」は地域ごとの自然環境や民族、その生活などについて学ぶが、これは産業、文化、交通、人口などを自然との関係で研究する「人文地理学」という地理学の一分野。大学で定義される地理学はこれ以外にも、地質学、気象学、農学から歴史、経済、工学、政治学など、自然科学から人文・社会科学までさまざまな領域を横断する広大な学問である。このような背景もあり、地理学科は文・人文系学部に置かれていることが多いが、東北大(理学部地圏環境科学科)や筑波大(生命環境学群地球学類)などのように理系学部に設置されている場合もある。
考古学専攻(専修)
考古学コース 等
考古学は歴史学の一分野で、過去の人間社会とその文化を、遺跡や出土した遺物などから読み解いていく学問だ。専攻や専修、コースなどとして文学科や歴史学科、史学地理学科などに設置されている。
考古学は、縄文・弥生、古墳時代など文字のない時代を研究対象としてきたが、現在では、遺跡の発掘研究が行われている奈良時代や平安時代はもちろん、鎌倉・室町・江戸時代まで研究が広がっている。さらに明治以降を対象とする近代考古学という分野まで出現している。
世界では、エジプト、中国、マヤ、アステカ、ギリシャ・ローマなどの考古学が有名で、早稲田大のエジプト考古学のように、世界と成果を競っている研究もある。最近では、人工衛星を利用して遺跡を調査する宇宙考古学、最新機器を用いて海底に沈んだ宝物や遺品、海洋遺跡などを発見・発掘し、研究する海洋考古学なども出現している。
哲学科
哲学はPhilosophyの訳語で、もともとは人文・社会・自然科学のすべてを含む学問の総称だった。現在の哲学の研究対象は、知とは何か(認識論)、存在とは何か(存在論)、人はいかに生きるか(倫理学)といったこと。
一見、現実離れしているように思える学問だが、たとえば、コンピュータの研究では認識論が、医療や遺伝子技術、企業と労働などの分野では倫理学が必須になっているように、哲学は絶えず新しさを包み込む学問ともいえる。
哲学は現在、西洋哲学と東洋哲学に大別され、東洋哲学では日本・中国・インド哲学などについて、西洋哲学ではギリシャ哲学から、フランス、ドイツなどの現代哲学まで、その歴史と人物について学んだうえで、原書による文献研究や課題研究が行われている。
宗教学科
宗教文化学科 神学科 仏教学科 等
世界にはどのような宗教があり、それらはどのような成立過程をたどったのか、また、どのような地域で信仰され、どのような宗教文化を育んでいるかなどについて学ぶ。キリスト教系大学の神学部や仏教系大学の仏教学科などは、司祭や牧師、僧侶などの養成をおもな目的としていたが、現在では、キリスト教文化や仏教文化を学びたいすべての人に開かれるようになっている。たとえば同志社大学の神学部では、同大伝統のキリスト教プロテスタントを軸としつつ、キリスト教・イスラーム・ユダヤ教の3つの一神教を本格的に学べるカリキュラムを通じて、知的洞察力を身につけた教養人の養成をめざしている。
心理学科
心理教育学科 心理行動科学科 心理臨床学科 等
心理学は、人間の心の働きと、それに基づく行動の法則を研究する学問。これらを観察・実験によって解明しようとする実験心理学と、精神に変調をきたした人に対する援助を目指す臨床心理学に分けられる。また、研究の方法からは、動物心理学、認知心理学、教育心理学、発達心理学、社会心理学などに分けられる。最近は、脳科学やロボット、コンピュータなどの発達で、心理学研究は飛躍的な広がりをみせている。
心理学の研究は、文学部の場合は社会心理学や認知心理学などに、教育学部の場合は教育心理学や発達心理学などに、社会福祉学部の場合は福祉心理学や臨床心理学などに重点が置かれることが多く、どこに重点を置くかで、大学の特色を出している場合が多い。
人文学部系統の学科
教養学科
リベラルアーツ学科 アーツ・サイエンス学科 国際教養学科 等
教養学科は、基本的には、人文科学系・社会科学系・自然科学系の学問を幅広く学ぶことを目的としている。教養学は、欧米ではliberal artsといい、医学や法律学などの実学に対する「諸学の基礎」とされている。米国では学部教育の基本(米国大学の大半を占めるリベラルアーツカレッジでは4年間リベラルアーツを学ぶ)であり、日本でもかつては大学入学後2年間、専門課程に進む前に受けるものとされていた。
現在、日本の大学は、1年次もしくは1・2年次に教養科目を履修し、その後、専門科目の勉強をするという方式をとっているところがほとんどだが、東京大や埼玉大のように教養学部を設置して4年間リベラルアーツ教育を行っている大学もある。また国際基督教大は米国のリベラルアーツカレッジと同様に、学科を設けず、あらゆる科目から自由に選択する中で専攻を絞っていくという教育を行っている。これらの大学・学部のほか、リベラルアーツ学部、文理学部、学芸学部などという名称でリベラルアーツ教育を行っている大学や、近年ではグローバル教育の広がりを受け、語学教育や地域研究と融合した学科も多い。
文化学科
日本文化学科 比較文化学科 文化構想学科 等
人間の存在や行動によるあらゆる社会現象と定義できる「文化」を研究対象とする。「文化学」という学問が確立されているわけではなく、人文学が対象としている文学、哲学、歴史・地理学、言語学等のみならず、自然科学の諸領域も統合してあらゆる社会現象をとらえることをいう。
各領域の専門性同士を相互に連携させることで、既存の各学問単体では見逃されていた新たな領域の発見や、新しく生まれた領域への新しい視点からのアプローチが期待される。
また、専門性の高い研究現場における倫理的問題の発生や、グローバル化に伴う異文化同士の衝突などが現代社会の課題である。これらの事象を総合的に把握する視点としての文化学にも、注目が高まるところである。
文化学の領域は非常に広大だが、学科の内容により、文化を総合的に学ぶ「文化総合系」、文学や日本語も含む日本文化を学ぶ「日本文化系」、特定の外国や地域の文化を研究する「外国文化系」、文化の国際比較や文化人類学等を学ぶ「国際文化系」、情報社会やコミュニケーションなどを学ぶ「情報・コミュニケーション系」、言語・歴史・芸術・社会その他の幅広い領域から特定の領域を研究する「特定領域文化系」などに大まかに分類することができる。
≪文・人文・外国語学部系統≫ Trend & Topic
キーワードは「学際」と「国際」
2015年に文部科学省から出された国立大学法人等の組織や業務全般の見直しに関する通知をきっかけに、国立大の文系学部、特に文・人文・教養学部系統で再編と改組が盛んに行われ、これらの学部のあり方についてさまざまな議論が交わされた。
そうした動きがひと段落した現在、これらの学部系統で活発になっているのが「学際化」と「国際化」だ。文・人文・教養系学問の「人間や社会を俯瞰する」力によって文理問わず異なる学問領域同士を結び、世界と協働できる力、あるいは異文化との相互理解を深める力の養成を謳った学部・学科の設置や改組がこれにあたる。
九州大の共創学部(2018年新設)や、東京外国語大の国際日本学部(2019年新設予定)がその代表例にあたる。俗に言う文系不要論への、大学から社会に対する一つの回答と言えるだろう。
外国語学部と語学学校は何が違うか
大学の「外国語学部」を英語に訳すと、Faculty of Foreign Studiesなどと表記することが多い。これをさらに日本語に直訳すると「外国研究学部」となるが、これがまさに外国語学部の目的とするところだ。
外国語学部の各学科では、もちろん読む・聴く・書く・話すといった外国語の運用能力を徹底的に鍛える。しかし、その目的は外国語の達人を育てることではなく、あくまでも言語能力は「道具」として活用し、その言語が使われる国や地域の文化や政治などに精通した地域研究の専門家を育てることにある。語学学校と違うのはその点だ。
選択する言語によっては、研究対象の範囲も大きく広がる。そういうところも、外国語学部の学びの魅力といえるだろう。
外国語学部系統の学科
英語学科
英語コミュニケーション学科 英米言語文化学科 等
イギリス、アメリカ、カナダ、オーストラリア、ニュージーランド、南アフリカ、シンガポールなど約 80か国で公用語として使用され、インターネットや科学論文の使用言語としても世界で広く使われる英語を中心に学ぶ。
英語学科では英語圏の地域の文化等を学ぶのはもちろんだが、他の外国語学科に比べると、言語運用能力の育成に力を入れる大学も比較的多い。最近では、TOEFLや TOEICの受験を念頭に置いてネイティブの教員による授業を行ったり、インターネット経由での双方向授業が各大学で行われたりすることが一般的になっている。
フランス語学科
フランス語圏文化学科 等
フランス語は、フランス、スイス、ベルギーに加え、かつてフランスやベルギーの植民地だったアフリカ諸国などで公用語となっている言語。また、国連、国際オリンピック委員会(IOC)、国際サッカー連盟( FIFA)、世界貿易機関( WTO)などの国際機関では英語と並ぶ公用語となっている。フランス語がこのような地位を守り続けているのは、自国語を中心とした文化を守り、自国文化や貴重な外国文化の保護のためにさまざまな努力を払っていることが評価されているためとされる。フランス語を通してわが国には文学や映画、絵画からファッション、食文化まで、多くのフランス文化が流入してきたが、これらについても研究できるのが、この学科の醍醐味だ。
ドイツ語学科
ドイツ語圏文化学科 等
EU(欧州連合)での存在感が増すドイツ。ドイツ語は、本国ドイツのほかオーストリア、スイス、ベルギーなどで公用語になっている。ドイツ語は英語と兄弟関係にあり比較的学びやすいが、高いドイツ語運用能力と専門知識をもつ人は少ない。日本はかつてドイツから西洋医学を学んだこともあり、以前は医師のカルテ(この言葉も英語の cardにあたるドイツ語)もドイツ語で書かれることが多かった。
スペイン語学科
イスパニア語学科 イベロアメリカ言語学科 等
スペインのほか、ペルー、メキシコ、アルゼンチン、チリなどの中南米・アフリカ 20か国の公用語。話者数およびインターネット使用言語では英語、中国語に次いで多い。
米国は、かつて南西部一帯がメキシコ領だった関係でスペイン語の地名が多く、ニューメキシコ州では、スペイン語が事実上の公用語となっている。また、メキシコなど中南米のスペイン語圏をルーツに持つアメリカ人(ヒスパニック系アメリカ人)が多く住むカリフォルニア、テキサス、フロリダなどの州では、スペイン語は第二言語として共通言語となっている。
ポルトガル語学科
ポルトガル語は、ポルトガルのほか、かつてその植民地だったブラジル、アフリカのアンゴラ、モザンビークで話されている。ブラジルで使われているポルトガル語は方言の一種で、ポルトガルで使われているイベリア・ポルトガル語、アフリカで使われているアフリカ・ポルトガル語と区別して、ブラジル・ポルトガル語と呼ばれている。日本では、ブラジルへの移民や日系ブラジル人の受け入れといった歴史的経緯から、このブラジル・ポルトガル語が多くの大学で学ばれている。
中国語学科
中国語中国文化学科 中国語中国関係学科 中国言語文化学科 等
中国語は、中国、中華民国、シンガポール、インドネシア、マレーシアのほか、世界の華僑居住国で話されている言葉。国連の公用語でもある。中国が世界経済に大きな影響を与える大国に成長したことで中国語学習熱が広がり、現在では、大学の第二外国語履修者数でトップとなっている。中国語には標準中国語(北京語)のほかに、香港を中心とする華南地域で話されている広東語がある(中華民国は北京語)が、日本の大学では標準中国語を履修するのがふつうだ。