生命と向き合い、それが人間の生活を豊かにする
可能性を追求するこの分野は、人類が直面する
地球規模の課題解決にもつながる学問だ。
“農学”系統の学問がもつ幅と重要性
今回取り上げる「農・獣医畜産・水産学」系統の学問は、ひとことで言うと「生物を人間にとっての“資源”ととらえ、その開発・利用・保全等について考える学問」。ここではこの学問系統を、農学、農芸化学、農業工学、農業経済学、森林科学、獣医学、畜産学・動物学、水産学、生物生産・生物資源学の9分野に分類している。非常に幅の広い学問領域であり、農芸化学や農業工学など、高校生にとっては聞き慣れない名前もあるかもしれないが、どれも環境問題や食糧問題など、現代の人類全体が直面する課題に直接取り組むことができるきわめて重要な学問である。
農学では、田や畑などの耕作地で作物を効率的に生産するにはどのようにすればよいかを考えるところから始まり、ある作物を生産するのに適した土壌の種類、あるいは肥料の種類と与えるタイミング、あるいは病害虫の駆除方法などの研究が長年行われてきた。この成果の一つが遺伝学を基盤とする品種改良技術で、これは現在のバイオ農業技術にもつながっている。
近年、世界規模で起こっている気候変動などにより、農業の世界には新たな重い課題が課せられている。また水産業における漁業資源枯渇問題、畜産業における森林破壊の問題など、生物資源をめぐる問題には、世界の環境・食糧事情を左右する重要性がある。これらの課題を解決すべく、農・獣医畜産・水産学系統の各分野では環境変動に強い作物の開発や、環境負荷の低い魚類養殖技術開発、あるいは漁業資源保全のための政策検討など、これまで積み重ねてきた知見を活かした取り組みが続けられている。
農学科
農業生産学科
生物生産学科
生物資源学科 等
人間が食する農作物の生産に関する学問として出発した伝統的学科。農作物、園芸作物などに加え、カイコやミツバチなどの有用昆虫の生産技術についても研究する。
学問領域は広く、作物生産の基盤となる土壌や肥料について研究する土壌学、肥料学、作物や種子を生理的・生態的に研究して収量の増加や生産技術の改良に結び付けようとする作物学、育種学、作物を生産する際に害となる病気や害虫について研究する害虫学、植物病理学などが主な分野だ。
現在では、栽培植物や緑地植物だけでなく、病気の原因となるウイルスや細菌などについても、バイオ技術を駆使したさまざまな研究が行われている。また、耕地で進行する砂漠化や、地球温暖化に対応するため、乾燥や暑さに強い作物の研究なども盛んに行われている。
この学問分野では、実験・実習の占める比重が大きい。植物の光合成速度や吸水速度などの生理活性の測定といったものだけでなく、昆虫や植物がもつ組織の培養や核酸・たんぱく質の解析、病原菌やウイルスの種類の特定と遺伝子の探査といったさまざまな実験が学内で行われる。
園芸学科
園芸農学科
環境園芸学科 等
花、観葉植物、野菜、果樹などの園芸作物に関する知識と技術を身につける学科。植物学、生物学などと隣接する学問分野で、果樹園芸学、蔬菜園芸学、花卉園芸学、園芸利用学、造園学などの専門分野からなっている。
園芸学部を持つ千葉大(園芸学科)では、園芸植物の先端的栽培技術やそれらを支えるバイオテクノロジー、植物を取り巻く生態的・物理的・化学的環境の管理や修復技術などを幅広く学んでいる。学科には2つの教育プログラムがあり、栽培・育種学プログラムでは、園芸植物の高度栽培技術、品種改良の先端技術などを、生物生産環境学プログラムでは、気候や土壌などの生産環境について、さまざまな角度から探究を行っている。
造園科学科
庭園や公園などの緑地空間を、植物や石などを配置することで作り上げる造園技術を学ぶ学科。最近では、家庭や都市公園などの庭に限らず、水辺や海辺、山林や里山など自然空間の環境整備や観光農園、棚田などの環境創出などを行うランドスケープ・デザインといわれる分野が急成長している。
東京農業大の造園科学科(地球環境科学部)は、環境デザインの草分けとして90年を超える歴史を持つ学科。自然と共生した緑豊かな空間やガーデンデザインを考えるための知識と、それをかたちにする最新の手法・技術を、実習・演習を多用して学んでいる。1年次では、造園に使う植物材料の知識を深めるための造園体験演習や花・緑演習などを行い、2・3年次では、造園計画の構想からプレゼンテーションまでを学ぶ造園植栽演習や造園総合演習を実施。4年次では、実務と深くかかわる8つの分野の専門特化演習も行っている。卒業生は、環境や緑化担当の技術系公務員をはじめ、環境計画コンサルタント、ランドスケープデザイナーなど、幅広い分野で活躍している。
農芸化学科
食品科学科
生物機能科学科
生物応用化学科 等
農芸化学は、多様な生命現象を化学的、生物学的、工学的な方法で明らかにし、その成果を広く人類に役立てることを目指す学問。現在では、遺伝子工学の手法などを導入し、食糧生産技術の開発だけでなく、環境や健康、資源・エネルギー問題などにまで研究領域を広げている。
この系統の学科では、生化学、有機化学、分析化学、酵素学、微生物学、遺伝学などで化学と生物学の基礎を学び、その上で土壌学・植物生理学、天然物化学、食品学、微生物学などの専門科目を履修する。土壌学・植物生理学の分野では、遺伝子操作などの技術を用いて、植物の品種改良や環境浄化、砂漠の緑化などについて、天然物化学の分野では、動植物や微生物などによって作られる天然の化合物のうち、薬としての効能が期待されるさまざまな生理活性物質についてそれぞれ研究している。食品関連分野では、これまで食品の栄養や加工などの研究が主に行われてきたが、最近では病気を克服し健康を維持するための「機能性食品」の開発が研究の主力となっている。また、微生物関連分野では、発酵食品、調味料、酵素などの研究に加え、バイオ技術による抗生物質や抗がん剤の研究開発が活発に行われている。
バイオサイエンス学科
遺伝子工学科
応用生物化学科 等
バイオテクノロジーを専門的に学ぶ学科は年々増えているが、その名称はバイオサイエンス、バイオ化学工学、応用生物学、応用生物化学、生体制御学、遺伝子工学、分子生物学などさまざまだ。
バイオテクノロジーは、生物の持つ働きを上手に利用して人間の生活に役立てようとする学問で、味噌、醤油、酒などに代表される発酵・醸造技術が始まりで、このように微生物等の自然な働きを活かした技術はオールドバイオと呼ばれる。これが飛躍的に発展したのは、1972年に細胞融合技術、1973年に遺伝子組み換え技術が開発されてからで、このように、生物の細胞や遺伝子に人為的な操作を加えることで新たな働きや機能を生み出す技術をニューバイオと呼ぶ。現在では、これらを用いた農産物の改良やクローン技術による家畜の生産などが行われている。また、オールドバイオに由来する技術も食品分野にとどまらず、微生物などの持つ力を利用して環境汚染を修復するバイオレメディエーション技術などが開発され、発展している。
近畿大の遺伝子工学科(生物理工学部)は、遺伝情報の解析、タンパク質機能の解明、遺伝子組み換え技術、ES細胞などの幹細胞技術、再生医療などを本格的かつ専門的に学べる学科。卒業生の多くは大学院に進み、医療、創薬、畜産、食物生産、環境保全などの分野で活躍している。
≪ 農・獣医畜産・水産学部系統 ≫ Trend & Topic
バイオ系の学科が急拡大
近年、農学部という名称に代わって「生物資源」や「生物生産」といった学部名が増えている。
教育内容は従来の農学部と大きく違わないが、米や野菜などの農作物、魚貝や海草などの水産製品、食肉や乳製品などの畜産製品を人間にとって欠くことのできない“資源”と見て、それらを持続的に生産するにはどうすればいいか、環境を壊さないで生産するにはどうすればいいかを考えようとしているのが新しい視点と言える。
また、従来の学科に加え、バイオテクノロジーを駆使して生物機能の応用にチャレンジする応用生物化学、あるいは環境に負荷を与えないで農水産資源の生産・増産にチャレンジする環境資源科学などの新しい分野(学科)も増えている。この分野では、学部名称も、生物理工や応用生命科学、生命環境科学、バイオサイエンスなどへと変わっており、これらでは、とくに遺伝子操作を軸としたバイオ技術の教育・研究が行われている。
農業分野におけるバイオ技術の進歩は目覚ましい。日照りが続いても生きていける作物や寒さに強い作物、成長が早く多収量が見込める作物などを作るためのバイオ技術が次々に開発され実用化されている。東日本大震災では、津波で塩害を受けた農地の回復に、微生物によるバイオレメディエーションという技術が威力を発揮した。重金属に汚染された工場跡地などの環境回復にもこれらの技術が応用されている。
環境生物科学科
環境資源科学科
環境システム学科 等
バイオ技術を利用して環境再生や環境保全を図る学科。こうした技術はバイオレメディエーションと呼ばれているが、自然のままでは回復が難しい重金属や有機化合物による海洋汚染、土壌汚染、津波による塩害除去などにこの技術が用いられている。
微生物の力を利用した原油除去では、1989年のアラスカタンカー事故がよく知られているが、現在では、ドライクリーニングや金属洗浄に用いられたトリクロロエチレンの分解などへの利用が進んでいる。また、PCB(ポリ塩化ビフェニル)やダイオキシンなど環境ホルモンの分解にも微生物利用が進められている。
農業環境工学科
生産環境工学科
地域環境工学科 等
食糧生産の舞台となる田や畑などの土地、湖沼・河川などの水資源について、そのよりよい生産環境の整備・改善について研究する学科。
この分野では、農業工学という名称が長年用いられてきたが、工学系で土木工学科の代わりに都市環境工学科の名称が一般的になったように、農業環境工学、生産環境工学などが用いられるようになった。これは、環境との調和を優先しようという考えからだ。
農業環境工学科では、土壌・植物・大気などの環境資源と、それらを取り入れて生産を行う作物や家畜、さらにそれらを消費する人間の三者の資源循環を円滑に行うための環境創造を研究してきたが、最近では、こうした「循環」の視点を取り入れて、里山・里海や農山村環境の保全を目指す学問として見直されている。
農業環境工学科の専門科目は、測量学、材料力学、水理学、情報科学を基礎に、生産環境システム学、土壌物理学、構造力学、かんがい排水工学、生産機械学などで構成されている。
農業経済学科
食料環境経済学科
食料資源経済学科 等
経済学を基礎に、食料をめぐるシステム(フードシステム)全体の研究を行う学問分野。“諸学の総合学”といわれる農学の幅広さを示す社会科学系の学問で、農業経営に加え、肥料や農薬、農機具の生産・流通、新品種の開発、農製品の流通・取引、食品の流通・販売、外国の農業などまで広範に学ぶことができる。最近では、環境問題や農産物の安全性、フェアトレード、有機農業などの研究に加え、アジア・アフリカ・中南米の開発途上国の農業を支援する研究が活発化している。
農業経済学科では、ミクロ経済学、マクロ経済学、マルクス経済学、統計学、社会学などを学んだ上で、農政学、農業開発論、農業金融論、農業財政論、アグリビジネス論などを学ぶカリキュラムが一般的。
アグリビジネス学科
ファームビジネス学科 等
農企業、農業関連産業、農機具や肥料製造業など農業に関わる企業の経営を研究する学科。農業全体を社会科学的に研究しようとする農業経済学と違い、農業をビジネスとして研究しようとしているのが特色。
秋田県立大のアグリビジネス学科(生物資源科学部)では、学科の研究の軸に基づきアグリテクノロジー(農業技術系)、アグリビジネスマネジメント(農業経済・農業社会系)、ルーラルエンジニアリング(農業農村環境保全系)の3グループからプロジェクトとして学ぶ実践的なカリキュラムを構築している。
食品ビジネス学科
フードビジネス学科 等
食品産業の経営から食品の製造、流通、消費、フードサービスなど、食産業について学ぶ。
日本大の食品ビジネス学科(生物資源科学部)では、地産地消、食の安全・安心、環境と調和した食料生産、食品・食材の知識、食品の開発、食品ビジネスの革新、新たな食空間のプロデュース、食の企画・演出、食による起業などをフードビジネスという視点から、社会科学と多様な実習(食料生産、調理学、フードコーディネート)を通して修得するカリキュラムを組んでいる。
名古屋文理大のフードビジネス学科(健康生活学部)は、食品メーカー、食品流通、フードサービスの3つのコースを設置。食品メーカーコースでは、複雑・拡大している加工食品分野の製造の歴史、業界の特徴、製造に関する専門知識などについて、食品流通コースでは、食品卸売業界とその関連事業についてその構造や特徴・課題などを学ぶ。フードサービスコースでは、レストラン、カフェ、ケータリングや配食サービスなどについて業界の歴史から経営実務まで幅広く学んでいる。
森林科学科
森林資源科学科
森林総合科学科
森林緑地環境科学科 等
国土の66%が森林で覆われている日本は、住居として使われている家屋のほとんどが木材で作られ、家具や日用品にも木材が使われるなど木材は日本固有の文化というべき地位を占めてきた。ところが近年、安価な海外木材の流入や、林業農家の高齢化・後継者難で、国内の林業は大きな危機を迎えている。大雨や台風のたびに起こる土砂崩れや山津波は、森林の放置や無差別伐採で森林の保水力が低下したためとも言われている。
森林科学科では、森林の働きや役割、利用法などを専門的に学ぶ。森林の生態に関する科目としては森林植物学、森林動物学、森林保護学などが、森林の造成や育成に関する科目としては砂防工学や森林保全学などが、森林の管理や計画に関する科目としては森林政策学、森林計画学などが、林産物の収穫と利用に関する科目としては森林利用学、木質材料学などがあり、3・4年次では、それらのいずれかを専門研究する。森林科学科は広大な演習林を持つところが多く、そこでは植樹や間伐などのほか、森林に住む動植物の調査や水環境の保全などの研究も行われている。
水産学科
海洋資源科学科
海洋生物学科
海洋生物資源学科 等
海や川、湖沼などに住む魚などの生物を、人間の食糧資源とすることを目的に発達した学問で、魚などの水産資源を管理する水産資源学、魚類の生息する海水や湖水などの環境やその生産性を研究する水産環境学、水産資源の増殖や養殖を研究する水産増養殖学、海洋生物などから有用物質を取り出す水産化学などからなっている。
水産増養殖学や水産化学では、遺伝子解析、遺伝子操作などを利用した研究が進められている。また、水産経済学、水産経営学、水産法規、国際漁業学といった社会科学系の科目も設置されている。練習船による航海・漁業実習、海洋観測などのほか、水産実験所などでの水産学実習、水産加工場での食品加工実習などが行われているのもこの学科の特色だ。
近年では「資源」の定義を生物資源に限定せず、研究の目的をエネルギー問題の解決などにまで広げた海洋科学研究も盛んになっている。
畜産学科
畜産科学科
動物資源科学科
アニマルバイオサイエンス学科 等
ウシ、ブタ、トリ、ウマ、ヒツジなどの家畜について、その生産・飼育法、体の構造や機能、品種や繁殖法、遺伝や防疫などについて学ぶとともに、牛乳など畜産品の有効利用について学ぶ学科。
畜産学は、明治以降の酪農・畜産業の振興と密接に関連して発達したが、最近の乳製品不況やそれによる畜産農家の減少などから、研究の主力が、クローン技術による家畜の生産、機能性食品の生産、野生生物の保護・共存、絶滅危惧種の保護、発展途上国への技術協力などへと主軸が大きく変わっている。
長浜バイオ大のアニマルバイオサイエンス学科(バイオサイエンス学部)は、マウス、ホヤ、プラナリア、ヒドラなどのモデル動物を用い、遺伝子のクローニング、受精卵への遺伝子導入、マウスの体外受精など、動物バイオの最前線を学ぶ学科。実習が多いのが特色で、牧場実習や琵琶湖での生物調査実習なども行われている。
獣医学科
獣医学類
獣医学課程 等
医学部医学科などと同様、6年間の教育課程の履修が義務づけられている学科。もともとは、家畜の病気を予防・治療することで、生産性を向上させるのが目的だったが、現在では、イヌやネコなどの伴侶動物に対する治療やケア、野生動物の治療や保護などにも携わるようになっている。
カリキュラムは、家畜解剖学、家畜生理学など基礎獣医学を学んだ上で、家畜内科学、家畜外科学、獣医公衆衛生学などの臨床・応用獣医学を学ぶのが一般的。2013年入学生から、医学部などと同様、4年次修了時に標準評価試験(共通試験)、5年次から参加型臨床実習を行う全大学共通のモデル・コア・カリキュラムが導入された。また、2大学が共通のカリキュラムを実施する共同獣医学部(学科・課程)が、北海道大と帯広畜産大、岩手大と東京農工大、山口大と鹿児島大、岐阜大と鳥取大に設置されている
≪ 農・獣医畜産・水産学部系統 ≫ Trend & Topic
獣医師国家試験の合格率、88.3%
2018年2月14日・15日に実施された第69回獣医師国家試験の結果が農林水産省より発表された。受験者数1,277人(昨年比1.5%減)に対して合格者数は1,128人(同、12.8%増)で、全体の合格率は88.3%となり、昨年比11.2ポイントアップの大きな伸びとなった。なお、合格者のうち新卒者が占める割合は83.0%。
獣医師国家試験は過去3年、合格率が8割を切る状況が続いていたが、久しぶりの高合格率となった。
大学別の受験結果を見ると、合格者数では麻布大の133人がトップで、以下、北里大(121人)、酪農学園大(117人)、日本大(116人)の順に続く。また、合格率では帯広畜産大・岐阜大・山口大の3大学が100%で並んだ。100名前後の合格者を出している大学では日本獣医生命科学大の98.9%を筆頭に、日本大(97.5%)、北里大(96.8%)、麻布大(96.4%)、酪農学園大(94.4%)と続く形になった。