教育財政"失調症"で、"教育亡国"への危機 !?
「教育振興基本計画」に、教育投資の"数値目標"盛られず!
教育投資をめぐり、文科省と財務省が対立
旺文社 教育情報センター長 大塚
2008年7月4日更新
国の教育政策の今後10年間の基本的方向性や、5年間の具体的な施策を定める「教育振興基本計画」(以下、「振興計画」)が7月1日、閣議決定された。「振興計画」の文科省原案に盛られた教育投資の数値目標に対し、財務省などが強く反発。結局、一部を除き、数値の明記を避けた「振興計画」となった。
教育投資をめぐる、文科省(中教審)と財務省(財政審)との対立は、昨年の伊吹文科相(当時)の財務省批判("キリギリス的発想")に象徴されるように、それぞれ国の「財政」と「文教科学政策」を担う行政機関としての立場の相違を改めてあぶり出した形だ。
ともあれ、60年ぶりに改正された「教育基本法」の理念の実現に向け、「振興計画」は決定したものの、財政の具体的な後ろ盾もなく、「教育立国」を目指す教育行政にとっては、厳しい船出である。
<文科省 VS.財務省の「教育財政」論議>
○ 中教審答申
20年4月に提出された中教審答申『教育振興基本計画について〜「教育立国」の実現に向けて〜』では、「目指すべき教育投資の方向」について、教育に対する公財政支出のGDP(国内総生産)比がOECD(経済協力開発機構)諸国の平均5.0%に対し、我が国は3.5%に留まっていると指摘しつつ、「今後10年間を通じて、必要な予算について財源を確保し、欧米主要国と比べて遜色のない教育水準を確保すべく教育投資を図っていくことが必要である。この際、歳出・歳入一体改革と整合性をとり、効率化を徹底し、また、めり張りを付けながら、真に必要な投資を行うこととする」といった文言に留め、具体的な数値目標は盛り込まれなかった。
ただ、中教審大学分科会長の安西祐一郎・慶應義塾長ら4名の委員が約20年後(2025年)の望ましい高等教育像を具体的な数値で描いた『「大学教育の転換と革新」を可能とするために』と題する提言(「安西プラン」;当Webサイト「今月の視点−16」参照)を"参考資料"として添付している。
○ 文科省原案
教育投資の具体的な数値目標が盛り込まれなかった中教審答申に対し、与党の文教族議員や教育関係者などから、具体的な数値目標の明記を求める要請が文科省に寄せられた。
文科省はそうした要請も踏まえ、教育は最優先すべき政策課題であるとして、次のような教育投資の数値目標(下線部)を文科省原案の「振興計画」に盛り込んだ。
教育投資の規模については、GDPに占める教育への公財政支出の割合が、国家が資源配分をする上での教育に対する優先順位を示すものであり、教育にどれだけの財源を投じるかは国家としての重要な政策上の選択の一つであることを考える必要がある。とりわけ、資源の乏しい我が国では人材への投資である教育は最優先の政策課題の一つであり、教育への公財政支出が個人及び社会の発展の礎となる未来への投資であることを踏まえ、今後10年を通じて、OECD諸国の平均である5.0%を上回る水準を目指す必要がある。
また、今後5年間で特に重点的に取り組むべき事項の一つとして、新学習指導要領の実施に向けた次のような施策も提起した。
新学習指導要領の円滑な実施を図るために、2万5,000人程度の教職員定数の改善をはじめとする教職員配置、教科書・教材、学校の施設・設備など教育を支える条件整備を着実に実施する。
○ 財務省の反発
上記のような文科省原案に対し、財務省は次のように反発。
■教育分野においては、予算や教員数といった投入量により評価を行ったり、その拡充を目的化したりする傾向がみられる。
国民の関心は教育による成果であって、投入量ではない。また、成果目標が不明確であれば評価や検証ができず、投入量が目的化すれば現状肯定に陥って、教育の改善が望めない。したがって、教育施策の目標を「投入量」から「成果」へ転換することを強く求めたい。
■教育予算対GDP比の多寡は、その国の児童・生徒・学生数や政府規模などによるところが大きく、その平均を目指すことに意味はない。実際、我が国の児童・生徒・学生1人当たりの教育支出(予算・私費負担)のみならず、教育予算は、主要先進国と遜色ない。我が国の教育予算対GDP比3.5%(17.3兆円)を、OECD平均5.0%(24.8兆円)まで引き上げるために必要な財源は7.4兆円(消費税率換算3%程度)となる。
■教職員定数については、教員1人当たりの児童・生徒数は主要先進国に比べて遜色がない水準である。
新学習指導要領による総授業時数の増は小学校5.2%、中学校3.6%に過ぎず、学校現場では既に同程度の授業時数の増は実施している。
○ 文科省の見解
こうした財務省の主張に対し、文科省は「総論」として、次のような見解を示している。
□成果目標は重要だが、成果を実現するためには一定の条件整備が必要であり、そのための投入量目標も重要。両者の適切な組合せが必要である。
□教育の「成果」の把握が難しいことは、国際的にも共通の認識となっている。OECDの国際統計や大学ランキングなどでも、「投入量」指標が多用されている。
また、「高等教育政策」をめぐる両省の見解の相違について、次のような論点が挙げられている。
<姿を消した数値目標>
文科省が掲げた投資目標については、前掲のような財務省の反発などで政府内の協議は難航を極めたようだ。結局、財源の手当てが難しいとする財務省側の主張が通り、政府が初めて策定した「振興計画」(下記のURL参照)では、焦点となっていた教育投資や教職員定数については次のように書き改められ(太字、下線部)、具体的な数値目標は姿を消した。
- 教育投資の方向:資源の乏しい我が国では人材への投資である教育は最優先の政策課題の一つであり、教育への公財政支出が個人及び社会の発展の礎となる未来への投資であることを踏まえ、欧米主要国を上回る教育の内容の実現を図る必要がある。
OECD諸国など諸外国における公財政支出など教育投資の状況を参考の一つとしつつ、必要な予算について財源を措置し、教育投資を確保していくことが必要である。 - 教職員定数:新学習指導要領の円滑な実施を図るために、教職員定数の在り方、教科書・教材、学校の施設・設備など教育を支える条件整備について検討する。
- このほか、教員給与については、「人材確保法に基づく優遇措置を縮減する」の文言が加えられたり、「私学助成の充実」は「私学助成その他の私立学校に対する支援」に修正されたり、文科省原案より後退した内容や表現もみられ、厳しい結果となった。
*「教育振興基本計画」のURL:http://www.mext.go.jp/a_menu/keikaku/index.htm
<「教育亡国」回避のために>
ところで、中教審大学分科会長の安西祐一郎氏ら4名の委員は、先に提言した所謂「安西プラン」に引き続き、6月中旬、『「教育亡国」回避のために投資の断行を』と題する「振興計画」策定に向けた"緊急声明"(以下、「緊急声明」)を提出。次のように、高等教育への投資の必要性や機会均等の確保の重要性などを強く訴えた。
- 教育の「成果」や「質」と「投入量」との関係は不可分である。必要な「淘汰」のプロセスを経て、卓越した「成果」を挙げる高等教育セクターを形成していくため、また、その国家的意思を世界に示すため、数値目標の設定と実行が欠かせない。
- 学費上昇などで家計負担の水準は、臨界点に達しつつある。経済的理由から良質の高等教育を受ける機会を断念する若者が増えている。今、「機会均等」は揺らぎつつある。経済的支援を飛躍的に強化し、修学機会を保障することが不可欠である。(下図参照)
なお、「緊急声明」は教育投資の断行を求め、次のような文言で結ばれている。
国公私立の違いを超えて、次代を担う若者、高度な知へのアクセスを望む全ての人に対し、手厚い支援をしてこそ、人口減少社会である日本の存立は初めて可能となる。「知識基盤社会」とは、高等教育が市民に広く普及する社会でもあり、その便益は学生個人のみならず、社会全体に帰着・還元することとなる。高等教育の転換と革新に向けた始動期間と位置づけられる当面の5年間において、基本的な対応を誤るとすれば、日本は「教育立国」はおろか、「教育亡国」の道を歩むことになる。そのような愚を決して犯してはならない。
<民間投資の拡充も ! >
「教育立国」を目ざし、その具体的な投資目標を国として掲げることは、厳しい財政事情の下で叶わなかった。今後は、文科省の毎年の予算獲得に期待することになるが、状況は厳しい。大学等では、これまで以上に自らも資金獲得に腐心することになろう。高等教育を、「知識基盤社会」における知的生産活動であるといった側面で捉え、企業や産業界はじめ、団体、個人も含めた民間資金を教育研究への投資に向けさせる努力も必要だ。
もちろん、政府・財政当局には、「人材=教育」が唯一の資源であることを踏まえ、"教育振興"の名に恥じない教育投資の実行が求められる。

