人生は選択の連続や。まずはそれを意識しよう!
人生は選択の連続や。1日の生活に置き換えればわかると思う。「そろそろ起きようかな」から「もう寝ようかな」まで、選んでばかりいるのが人間なんやな。「今日の昼飯はラーメンにしようか、それとも白身魚フライ定食にしようか」なんてどうでもよさそうなことから就職先や結婚相手に至るまで、とにかく選択の連続で、「人生」を「選択」と置き換えてもよさそうなぐらいやね。
人間が右へ行くか左へ行くかを考えるときに、その判断基準となるのが、その人の持つ価値観や美意識なんやね。「右のほうが価値がある」と思う人は右へ、「左のほうが美しい」と思う人は左へ行く。となると、生きているうちに高い価値観や美意識を持っている人のほうが、より良い人生を送ることができるってことになる。
もちろんその価値観や美意識は人によって異なる。僕みたいに「本を読むことは価値のあることだ」と考えている人もいれば、「本ばかり読んでいるようなツマラン人間になるな」と言う人もいるわけで、果たしてそのどちらが正しいのかわからない。つまり、選択する場合は、自分の価値観に基づいて「正しい」と思うほうを選択するわけや。
間違ったほうを選ぶと、遠回りの人生を送ることになりかねない。いや、遠回りどころか間違ったまんま人生の最期を迎える人だっておる。誰かを信じて進んでいったら、実は間違いやったということにもなる。間違いやと気づかないまま死んでしまう人もおるかもしれん。それはそれで幸せやけどな。いろんな選択があるし、どの選択が正解かなんてわからんから、人生ってのは博打みたいでオモロイんや。
一度だけの、自分だけの人生やから自分で選ぶ。
知り合いの先生なんかに聞くと、「友達が○○大学に行くから私も行こう」なんてことを考える人がおるらしい。18歳や19歳での選択ミスはいくらでもやり直しがきくので、まぁ構わんといえば構わんのやけど、しかし一度だけの、そして自分だけの人生なのに、自分で選択する責任感と面白さを放棄するなんて、「よぉやるわ」と思ってしまうなぁ。
「トイレ行こうかな、どうしようかな。○○ちゃんが行くから一緒に行っとこ」みたいなノリで大学を選ぶんやろうか? 大学に行くってのは(人生そのものが決まるわけではないが)人生のある程度の方向性を決めることでもあるんやな。再度言うが、もちろんやり直しはきく。そやけど担任の先生や塾の先生に決めてもらったり、友達の人生にくっついていくような選び方は、自分の人生に対して失礼なんやないか? この大学は自分で選んだと胸を張って言えるからこそ、主体性や自信が自分の中に芽生えるんやないか? そりゃその大学には高校時代の友達は一人もおらんかもしれん。寂しいって? そんなアホな。そこから新しい人生が始まるんやで。それこそが自分の選んだ人生なんや。だからこそ、大学は自分で選ばないとあかんと僕は思ってる。
これからの「自分で選ぶ」にそなえて主体的に動こうや!
大学に入ったら入ったでいろんな選択が待ってる。とくに、どんな分野を勉強するのか、どんな団体(部やサークルなど)に所属するのかによって、出会う人間は変わってくる。年齢的に考えれば、将来の伴侶と出会うこともあるやろう。
卒業するときにはどうなってるか、会社で働くのか公務員になるのか、独立するのかなど、自分で人生を構築していく必要があるんよね。そこには「友だちの○○さんがこういう選択をしたから自分も…」って要素はあり得んわ。みんな必死に自分の、自分だけの人生を考えるんやな。そして大学を出たら、またみんなバラバラになって自分の人生を歩みはじめるわけや。その頃になれば気づくと思うよ。結局のところ、人生は自分の責任で、一人で生きていかねばならんのやということに。大学を選ぶ段階からそこのところを意識して、主体的に動いておくことこそ非常に大事なことなんやな。