――受験時代の友達や異性とのつき合いや、両親・先生に相談したりとか、他の人との関わりについてはどうでしたか?
小淵 一緒に熱海に行った友達は大学現役で受かっちゃってたんで、とりあえず夏ぐらいしか。高校の頃の友達はほとんど現役で大学に行ってたんで、遊ぶんだったら中学の友達くらいでしたけど、さすがに9月からは受験勉強しないとやばいんで、あまり友達と遊ぶ機会もなかったですね。あと、12月の始め頃にちょっと女の子と付き合いだして…。
――12月の始めに、なぜそんな状況になる?
小淵 なんかなりゆき(一同爆笑)。で、バレンタインデーの前日に別れました。(一同爆笑・ざわめく)。
――ダメージ大きかったんじゃない?
小淵 けっこうドーンってきましたけど、意外と自分もさっぱりして…気持ちを切り替えないと、もう2次試験10日前だったので。
――そうだよね、休学してまでがんばってきたことがパーになっちゃうよね。小淵さん、なかなかドラマチックな人生ですね(笑)。両親とは、再受験のことについて話し合ったりしましたか?
小淵 僕はほんとに高1のときから薬学部に行きたいって言ってたんで、ちょっと電話一本で「やっぱり休学でもして…」みたいに伝えたら、「まぁお前がそう言うならいいよ」という感じで。あまり相談というか、すぐ決まっちゃった。
伊藤 僕はさすがに12月に彼女つくったりはしませんでした(笑)。友達は高校から一緒に浪人した人がメインで、予備校も一緒だったりして、会って話したり…。でも直前は、一人でコツコツとやってる感じでけっこう家にいて、最後の方は予備校にはあまり行かなくなりましたね。栃木にはあまり予備校がないので、大宮まで1時間かけて通ってたんですが、電車の時間がもったいないと思って行かなくなったんですよ。でも、友達とはメールでやり取りできるから…。
――メールの内容は?
伊藤 えー、世間話(笑)。なんかメールの中にまで受験を意識したくないじゃないですか。息抜きにならないし、「最近どうよ」とかそんな感じ。両親には、「受かった大学に行かないから。来年また受けるから」って。「ああそう」みたいな。さっぱりした感じでした。
田代 私の両親は、ずっと私が上智に行きたいっていうのは知ってたし、やっぱりがんばってほしかったみたいだから、別にどこに入ってほしいとかはなくて、「上智行きたいんだったらがんばりな」みたいな感じで。母親は毎日お弁当作ってくれたり、夜、塾の帰りに駅から家まで歩いて帰ってくるのがすごい嫌だったので、父親が迎えに来てくれたりしてました。 先生とは、自分の意思が固まってたので、そこまで相談とかはしなかったですけど、直前期の疲れてたときに行って「あとちょっとだからがんばりな」って言われたり。両親と先生は同じく、励ましてくれるという感じでした。でも、最後の一か月は誰にも会ってないんですよ。友達にも誰にも…ほんと家族にしか会ってない感じ。
伊藤 僕も家から出なかった。
田代 予備校(河合塾)の駒場校の自習室に行くと友達がみんないるんですけど、地元の立川校に行くと誰もいなくて、逆にそれがよかったかな。昼も、やっぱり最後は一緒に食べて息抜きとか言ってる場合じゃなかったので、パンをかじったり、最後の一週間は9時から夜7時まで、トイレ行きたいのも我慢して、そこはもう意地でしたね。誰にも会ってませんでした。
川瀬 私は、クラスで仲いい子がみんな医学部目指してて、それで受験話をしたりして、あとは学校で一人だけ東大を受ける子がいたんで、その子と情報交換したりして、がんばろうねーって言ったり、悩みを相談し合ったりしていました。友達とメールはあまりしなかったな、お守りメールとかを送り合ったりするくらいで。塾が一緒だったりするんで、会ってしゃべって、逆に直前期になるとなんかだらだらしちゃったというか直前になったほうが昼2時間取っちゃったり。学校では国語の先生が悩みを聞いてくれて、漢文のオススメ勉強法を教えてくれたりしました。理科の先生も、受験の1週間前にわからない問題があって行ったときに1時間くらいストーブの前で私が「つらいんですよ」とか言うのをずっと聞いてくれて、あれからまたがんばろうって思いました。
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